96.強襲
アルナとリーゼの協力が決まったところで、シエラは不意に遠くを見た。
魔物の気配は近くにはない――だが、遠く離れたところから妙な気配を感じる。
(……見られてる?)
それは、シエラでも判断できないほどに距離がある。
シエラならば、多少遠いくらいであれば人や魔物の気配を探ることができる。
今のシエラが感じ取っているのは、純粋に何か気配があるというだけだった。
「……シエラ?」
「アルナ、マーヤと近くにいて」
「え――」
シエラは《赤い剣》を作り出す。瞬間、こちらに向かってきたのは魔力の塊。
木々を貫き、薙ぎ倒しながら迫って来るそれを、シエラは剣で弾いた。
ほぼ同時に動いたのはフィリスだ。リーゼとマーヤを庇うように前に立ち、剣を構える。
ローリィも気付き、アルナの傍へと駆け寄る。
「アルナちゃん!」
「わ、私は大丈夫。マーヤちゃんも。それより、今のは……!?」
「狙撃。たぶん、敵」
アルナの言葉に、シエラは答える。
放たれたのは、魔力で構成された《矢》だ。
シエラの《赤い剣》であれば弾くことは造作もないが、当たる直前までシエラでも気付くことができないほどだった。
「どうやら、わたくし達は監視されていたということかしら……」
「そのようですね。皆様方、私の後ろに下がってください」
「じゃあ、わたしは敵をやる」
フィリスに守りを任せて、シエラはすぐに木の上へと駆けあがり、矢の飛んできた方向を見据える。両目を見開き、遥か遠方を凝視した。
シエラの視力は常人を凌駕している。遠方であっても、人影があればシエラなら見つけることができる。
だが、矢の飛んできた方向を見ても敵を見つけることはできない。
シエラの索敵範囲外から狙撃――それでもシエラの目は森を貫いた矢の軌道を視認する。
その軌道に沿って、シエラは《赤い剣》を投擲した。
シエラの投げた赤い剣は真っすぐ森を突き進む。だが、シエラがいくら常人離れした力を持っているとはいえ、限界はある。
シエラの見える範囲全てに届くわけではない。やがて、赤い剣は勢いを失って森の中へ消える。
それに応えるように、遠方で一瞬白い輝きが見えた。
今度はシエラ目掛けて、魔力で構成された矢が放たれる。
矢は放たれると同時に加速し、数秒足らずでシエラの眼前にまで迫る。
(……速い)
シエラはすぐに反応して、別の木へと飛び移る。
ついで二撃――シエラを狙うように、次々と矢が放たれる。
完全に、シエラの射程外からの攻撃だ。
ここからシエラが本気で真っすぐ向かえば、追いつける可能性は五分五分といったところ。
ふわりと宙を舞い、シエラは再び赤い剣を作り出す。空中でバランスを取り、再び木の枝に着地する。
そして、シエラはすぐに駆け出した。
木々の間をすり抜けるように、シエラは走る。
森の中でも、矢はシエラ目掛けて真っすぐ飛んでくる。
障害物など一切関係ない――魔力で作り出された矢は、高い威力を保持したままシエラまで迫る。
シエラはそれを、物ともせずに剣で弾く。
アルナとマーヤまで矢が届かないように、シエラは矢の軌道から外れるようなことはしない。
ある程度近づいたところで、身体に流れる魔力を腕と足に集中させ、《方陣術式》を展開する。
魔法の威力を増加させる術式――シエラが投擲した剣を加速させることで、敵まで届かせようとする。
「……んっ」
ブンッと力強く、シエラは再び赤い剣を投擲した。
空気を裂く音を鳴らしながら、赤い剣は空中を駆ける。シエラの赤い剣にぶつかるように、魔力で作り出された矢がひたすらに赤い剣を狙って放たれる。
だが、シエラの剣の威力が消されることはない。
やがて、遠方で鳥が飛び立つのが見えた。
シエラはすぐに反転して、アルナ達のところへと戻る。
「……やったのか?」
「分からない。けど、変な気配はもうない」
ローリィの問いかけに、シエラはそう答える。
いくらシエラでも、視認できないほどの距離の敵を殺したかどうかまでは判別できない。
だが、少なくとも先ほど感じていた気配はもうしない――矢による攻撃も止んでいる状態だった。
「どうしたの?」
「……何でもありませんわ。ちょっと遠く、魔物がいたようですわね」
「魔物さん? わたしも見たかった!」
マーヤが無邪気にそんなことを口にする。
狙われているという事実さえ、マーヤは気付いていないだろう。
「……いきなり敵が来るなんて」
「だから言ったでしょう。わたくし達と一緒にいると危険よって。今更協力しないなんて――」
「言わないわ。むしろ、一緒にいられてよかったと思う」
「……そう。それなら別に構わないけれど」
アルナの決意は変わらない。
リーゼも、アルナの言葉を聞いて改めて納得したような表情を見せる。
敵の正体は掴めなかったが、どのみちシエラのやることに変わりはない。
(アルナとマーヤを守る……。一人増えただけなら、別に難しいことじゃない)
シエラは遠くを見つめて、自身のすべきことを改めて理解したのだった。





