94.シエラとマーヤ
アルナがリーゼから聞いた話は、およそ察した通りのことだった。
リーゼとフィリスが連れている少女――マーヤはレストランにいた客の一人。
その時に受けた襲撃によって、リーゼとフィリスが逃げ出す際に連れて来れたのがマーヤだけだったという。
すでにリーゼの父、ルドル・クロイレンにはクーデターの疑惑がかかっている。
仮にその場で弁明をしたところで意味はないだろう。
むしろ、ルドルはその場にいる人と家族を守るために残ったはずだった――だが、結果は残虐な行為まで行い、自らの娘の逃走を計った罪人という形で、妻と共に捕らわれている。
「……それがわたくしから言えること。分かるかしら、あの子だけが唯一、クロイレン家を救える可能性がありますの」
「あんな小さい子が証言したところで、意味がある、と?」
ローリィがリーゼに問いかける。
それは、アルナも思っていることだった。
まだ五歳くらいの少女――とても、証拠能力があるとも思えない。
「あら、魔法の名門であるカルトール家の娘とその……貴方、執事ではなかったかしら」
「それは、色々とあって……」
「まあ、いいわ。それはともかくとして、他人の記憶を読み取る魔法があるくらい知っているでしょう」
「小さい子には負担が大きすぎるわ」
「そうは言っていられないの。マーヤに証拠能力があると分かれば、あの子の安全にも繋がる――そういうことですわ。わたくしから話せることはここまで」
リーゼがそこまで言い終えると、フィリスに合図を送る。
フィリスが剣を構えて、リーゼの前に立った。
それに呼応するように、ローリィがアルナの前に立つ。
「別に貴方達とこれ以上戦うつもりはありませんわ。わたくし達を追う気がないのであればですけれど」
「……逃げる、ってこと?」
「当然でしょう。わたくし達と関わったところでメリットもない。それをわざわざ教えてあげたのですから、感謝してほしいくらいのものですわ。さっ、マーヤ――マーヤ?」
先ほどまでリーゼやフィリスの後ろに隠れていたマーヤの姿がない。リーゼが焦った様子で周囲を確認する。
アルナもすぐに周囲を見渡すと、先ほどまで近くにいたはずのシエラの姿もなかった。
「シエラ……? さっきまでここにいたのに……」
「! そんな、まさか……!」
リーゼとフィリスがすぐに動き出す。
そのあとを、アルナとローリィも追いかけるのだった。
***
「白いおねえちゃん、何してるの?」
ほんの数分前のこと。丁度、リーゼの話が始まる頃だ。
近くの木にもたれ掛かるように待機していたシエラの下に、マーヤがやってきた。
話に夢中で、皆がマーヤの動きには気付けていないらしい。
「白いお姉ちゃん?」
「そう! 白いおねえちゃん!」
シエラを指差して、笑顔でそんなことを言う。
先ほどまでシエラに対して敵意を露にしていたように見えたが、今はそう見えない。
元より、戦いの場でなければシエラは可憐で他人の目を引く少女だ。
普段通りのシエラならば、マーヤからしても警戒対象にならないのだろう。
そんなシエラの下へとマーヤが駆け寄り、
「白いおねえちゃんのお名前は?」
「わたしはシエラ」
「シエラおねえちゃんは、何してるの?」
「何もしてないよ」
一言、シエラはそう答える。
すでにリーゼやフィリスから敵意は感じられていない――戦う必要がないのであればと、シエラは話が終わることを待つことにしていた。
そんなシエラに対して、マーヤが手を取ると、
「わたしもリーゼおねえちゃんとフィリスおねえちゃんがお話ばかりで退屈なの。一緒にあそぼ?」
「遊ぶ……いいよ」
特に迷うこともなく、シエラは頷いた。
「じゃあ、そっちの方に砂っぽい土があったから、砂遊びしよ!」
「うん、分かった」
(小さい子には優しく……よく分からないけど、とりあえずわたしも遊びたいからいいや)
こういう時、シエラはあまり難しいことは考えない。
少女――マーヤは両親の死について、まだきちんと理解できていないのかもしれない。
いや、理解しているのならば、このように明るく振る舞うことも難しいだろう。
理解できていないのか、その衝撃が強すぎて覚えていないのか――ただ、少なくとも今のマーヤの感情が安定しているのは、シエラには伝わる。
「こっちこっち!」
シエラはマーヤに手を引かれて、柔らかな砂のような手触りのする場所へとやってくる。
森の中でこのような質の地面は珍しい。
近場にある植物かあるいは、ここに住む魔物の影響であると考えられた。
シエラなら周囲の危険性はすぐに理解できる――特に危険な感じもないので、シエラはマーヤと座り込んで砂で遊び始める。
「さらさらだからお城は作れないかなぁ」
「水なら出せるよ」
シエラはそう答えて、簡易の《方陣術式》から魔力を流し、水を生み出す。
攻撃や防御にも使われないような、魔法のレベルとしてもかなり低い。
けれど、戦場では水分も貴重なものだ――魔法で自ら生み出すことができるのならと、シエラも重宝する魔法の一つ。
そんなシエラの作り出した水は、砂遊びのために使われようとしていた。
「わぁ、シエラおねえちゃんお水出せるんだ!」
「うん、大体出せる」
「そうなの? じゃあお城は!?」
「お城は……一応できるよ」
「ええー!? すごいすごい! じゃあわたしの作るお城とくらべっこね!」
「いいよ」
シエラとマーヤ――二人でそんな風に遊んでいると、少し離れたところから、アルナ達が安堵した様子でこちらを見ていた。
「アルナ?」
「もう、何も言わずにいなくなったら心配するじゃない」
「ごめん、遊んでた」
「……自然な感じで遊べる辺り、精神年齢は近いのかもしれないな」
ローリィが嘆息しながら、そんなことを口にする。
リーゼとフィリスもまた、ふぅと小さく息を吐きながら落ち着いた様子を見せた。
そんな二人に、アルナが口を開く。
「……やっぱり、私は貴方達のことが心配よ。今は王位継承者だとか、そんなことを言っている場合じゃないと思う。私の一存で決められることではないけれど、リーゼさん――私も、貴方に協力したいの」
シエラとマーヤの方を見ながら、アルナがそう切り出したのだった。





