93.その事実は
シエラとフィリスの戦闘音を聞いて、アルナとローリィも駆けつけてきた。
まさかこんな森の中で同じ《王位継承者》と出くわすことになるとは、アルナも思わなかったのだろう。
リーゼの顔を見て、驚きの表情を浮かべていた。
「リーゼさんが、どうしてここに?」
「……分かっているのではなくて? わたくしは現状、クーデターの重要参考人――そういうことになっているのでしょうし」
「それは……」
リーゼの言う通りだった。
現状、リーゼとフィリスはクーデターを企てた関係者ということで、王国から追われる身となっている。その情報は、早い段階からシエラやアルナの耳にも入っていた。……入っていたのだが、シエラはその関係者の名前を忘れていたことになる。
リーゼがアルナに対しては、先ほどまでと同じように余裕の態度を見せる。ただ、シエラの方をちらりと見ると、
「貴方のお友達とわたくしの騎士がここで戦いを始めたのは、わたくし側の落ち度ですわ。謝罪致します――でも、お友達についてはもう少し考えた方がよろしいのではなくて?」
「なっ、どういう意味……?」
「そのままの意味ですわ。この子、わたくしのこと完全に忘れていたんですもの!」
ピシッとシエラのことを指差し、リーゼが言い放つ。
シエラはそのまま、視線を見送るように後方を見た。
「貴方よ! あ、な、た! シエラさん!」
「わたし?」
「そうですわ! 少しは見どころのある子だと思っていましたのに……全く」
「……じゃあ、さっきシエラが見つけた気配っていうのは……」
ローリィが三人を見る。
リーゼにフィリス――王位継承者とその護衛の騎士までは分かる。だが、もう一人、シエラとフィリスの戦闘を止めた張本人がいる。
「この子は、誰なんだ?」
ローリィが問いかける。
フィリスの後ろにしがみ付き、覗くように見ているのは先ほど戦いに割って入ってきた黒髪の少女。
まだ五歳くらいだろうか、とてもこんな森の中に連れてきていいような子には見えない。
シエラとフィリスの反応が早かったから良かったものの、あのまま戦闘を続けていれば、間違いなく怪我をしていたことだろう。
「この子は、私達が保護しています」
ローリィの疑問に答えたのはフィリスだ。
毅然とした態度で、フィリスと少女を守るように立つ。
そんなフィリスに対して、ローリィもアルナを守るように一歩前に出た。
「保護……? どういうことだ?」
「……信じるか信じないかは貴方達に任せますわ。けれど、わたくし達はクーデターなんて企てていないの。それを、この子が証明してくれますわ」
ローリィの問いかけに、リーゼがそう口を開く。
「こんな小さい子が……?」
アルナが目を見開いて、少女を見る。
騎士団長のクーデター――そんな大事に対して、こんな小さな子がどのようにかかわって来るのか想像もできないのだろう。
シエラもまた、それは同じだった。
「貴方達が学園の行事でここに来たというのなら、それで構いませんわ。けれど、わたくしの邪魔だけはしないでくださる?」
「邪魔って……その子が何を知っているって言うの?」
「アルナ様、申し訳ありませんが、それに答えることはできません。あなた方が我々を追ってきたわけではないということは分かりました――それでも、あなたはリーゼ様と王位を争う身であられる。お互いの立場を理解していただきたいのです」
「立場って……リーゼさん。その子を連れたまま森の中を逃げ回るつもりなの……?」
「仕方ないでしょう。今のわたくしにはそうするほかありませんもの。貴方達も巻き込まれたくないのなら、わたくし達に会ったことは伏せておいて」
「そんな危ないことするって分かっていて、放っておけるわけないでしょう」
「……は?」
リーゼが目を丸くして、アルナを見る。
そんな返答がくるとは思ってもいなかった、という様子だ。
「リーゼさん達の無実を証明するのにその子がどう関わってくるのか分からないけれど、これからもこんな森の中を逃げるつもりなの? そんなの、放っておけるわけがないじゃない」
「……な、貴方には関係ないことではなくて? わたくしと貴方はお互いに争う――」
「今はそっちの方が関係ないって言っているのよ!」
リーゼの言葉を遮り、アルナが言い放つ。
フィリスだけでなくローリィも、驚いた表情でアルナを見ていた。
きょとんとした顔をしているのは、小さな少女とシエラの二人だ。
アルナが歩み寄るように前に出る。
「危険なことをするって分かっていて、放っておけないって言っているの」
「……貴方、そんなこと本気で?」
「確かに、私とリーゼさんは争う立場にあると思っているわ。けれど、そんな小さい子を巻き込んで何かしようって言うのなら無視はできないの。リーゼさん、その子は何を知っているの?」
「それはお答えできないことです」
アルナの問いかけに再度答えたのは、フィリスだった。
フィリスの表情は冷たく、睨みつけるようにアルナを見ている。
今すぐにでも斬りかかってきそうな雰囲気に、ローリィもまた臨戦態勢に入る。だが、
「フィリスおねえちゃん、また喧嘩するの……?」
「あ、いや……そういうわけではなくて」
「フィリスお姉ちゃん……?」
動揺した様子のフィリスを見て、ローリィも思わずその言葉を繰り返す。
その様子を見て、リーゼが嘆息してから口を開いた。
「本当の姉、というわけではないの。先ほども言った通り、その子はわたくし達が保護していますわ。何故なら――」
「リーゼ様」
「いいの。聞きたいというのなら、理由くらいは話してあげますわ。この子、マーヤは事件が起こった時間も、わたくし達と同じレストランにいた……それだけの話ですわ」
「それだけの話って――っ!」
アルナが何かに気付いたような表情を浮かべる。
その言葉は確かに、リーゼ達の――正確には、リーゼの父の無実を証明することになる。
だが同時に、一つの残酷な事実を理解することにもなってしまった。
「確か、レストランにいた人達って……」
「ええ、誰一人生き残っていないことになっているそうですわね。お父様がわたくし達とずっとレストランにいた――事件があった日に、その事実を証明できる者は、今この子しか残ってないんだもの」
……こんな小さい子が、一人でレストランにいるはずもない。
そして、生き残りは一人としていないという事実――それはすなわち、
(この子の親は、もういない)
シエラもまた、それを理解する。
リーゼとフィリスがマーヤを保護しているというのはつまり、唯一事件のあった日の事実を証明できる第三者――マーヤが狙われているということだった。





