92.傭兵vs騎士
シエラは王都での暮らしを経て、それなりに普通に生活できるようにはなっていた。
他人から見れば多少は異質に映っても、馴染めてきているというのは事実である。
――だが、その本質は何も変わっていない。
向けられた敵意にはどこまでも反応し、対応する。
少女――フィリスから向けられた殺意にも近いそれを受け流せるほど、シエラは甘くないのだ。
対するフィリスは剣を構えて、動かない。水色の美しい刀身を向けて、再び口を開く。
「あなたも、我々を追ってきた――そういうことですね」
「……?」
フィリスの問いかけに、シエラは首をかしげる。
彼女の言っていることがよく分からないからだ。
だが、フィリスは特に言及することもなく、納得したように頷く。
「……いいえ、構いません。リーゼ様は私が守ることに変わりはありませんから――」
瞬間、フィリスの方から動いた。
地面を踏みしめて、距離を詰める。
ほぼ同時に、シエラもそれに反応した。
シエラの《赤い剣》とフィリスの《水色の剣》がぶつかり合う。
フィリスの持つそれも《装魔術》で作り出されたもの――魔力と魔力のぶつかり合いは衝撃を生み出し、周囲の木々を揺らす。
さらに二撃目。シエラが一本生み出して、より強力な一撃を繰り出す。
それに応えるのはフィリスの剣。お互いに振り切った剣はぶつかり合って、再び衝撃を生み出した。
さらに追撃――お互いに譲らず、剣撃の応酬が続く。
わずか数撃でも、シエラは理解する。
(この人……強い)
シエラとまともに剣を合わせることができる人間は少ない。それこそ、殺す気であったのならかなり限られる。
今のシエラとフィリスは、一撃一撃に殺意がある。互いに互いの命を奪うための剣撃を放っているのだ。
シエラは一度距離を取った。
フィリスが追撃してくることはなく、構え直して様子を見る。
赤い剣を大木に突き刺して、シエラはフィリスを見据える。
(こういうときは、強い一撃で決める)
剣と剣の純粋な戦いであれば、シエラのすることは決まっている。
魔力を込めた一撃を放ち、敵を葬り去る。そうやって、シエラは戦ってきたのだ。
フィリスも何かを察したかのように、剣に魔力を込める――お互いに力を込めた一度を放つため、同時に動き出した。
――瞬間、響いてきたのは、
「喧嘩はやめてーっ!」
幼い少女の声。それに気付いたフィリスが動揺する。
シエラはその隙を逃さない――逃さないことはできたが、お互いに一撃を放つことはなく、すれ違う形で終わる。
黒髪の幼い少女は、泣きそうな表情でシエラに言い放つ。
「おねえちゃんをいじめないでっ!」
「……おねえちゃん?」
シエラは首をかしげる。状況がよく理解できないからだ。
そんな少女を制止するように現れたのは、汚れてしまっているが特徴的な赤いドレスに身を包んだ少女。
「危ないから下がりなさいと言ったでしょうに! この子は……」
「だ、だって……」
「リーゼ様……」
「し、仕方ないでしょう。音が気になって見に行きたいと聞かないのだもの。……まさか、こんなことになっているとはわたくしも思いませんでしたわ」
ふぅ、と息を吐きながら、赤いドレスの少女がシエラを見据える。
敵意に近いが、その少女から殺意は感じられない。
「それで……貴方はアルナさんのところの可愛いメイドさんだったかしら。貴方がここにいるということは、貴方もわたくし達の敵――そういうことで良いのかしら?」
そう聞いてきた少女に対して、シエラは頷いて、
「うん。襲ってきたから、敵」
「! ……フィリス、どういうことかしら」
「彼女も剣を持っていたから応戦したまでです」
「もう少し冷静に物事を判断なさい。彼女は今、剣を持っていないようにわたくしには見えますわ。敵対の意思があるわけではないのではなくて?」
「それは……シエラさん。何故、剣を納めたのです?」
フィリスがそんな風に問いかけてくる。
シエラは特に迷うこともなく、小さな少女を見て答えた。
「『自分より小さい子には優しく』ってノートに書いてあったから」
「……ノート?」
「うん」
シエラの知識の一つ、『凡人ノート』。優しくと言われても以前のシエラならば理解できなかったかもしれないが、少なくともここで戦闘をして優しさに繋がらないことくらいシエラには分かる。
あのまま戦いを続ければ、少女達を巻き込むことになったのだから。
「つまり、わたくし達を狙う意図はないと?」
「わたしは授業で来たから」
「授業……本当にたまたま、ということですわね」
「うん。それから、わたしからも聞いていい?」
「どうぞ。今のわたくしに答えられることなら」
この状況でも、あくまでドレスの少女は余裕の態度を崩さない。
そんな少女に対して、シエラはいつものように、
「あなた、誰?」
「ふふっ――って、誰ですって? わたくしよ、わたくし!」
「……?」
「リーゼ・クロイレンですわ!」
「…………?」
「え、本当に……?」
「うん」
フィリスのときは思い出したのに、リーゼのことは中々思い出せないシエラ。
そんなシエラの態度を見て、リーゼの余裕の態度が崩れることになるのだった。





