90.シエラ、気配を感じる
馬車が到着したのは《メルナイル》の町。
《マルベール森林施設》から少し離れたところにある町で、ここに宿を取っている。
シエラのクラスの他、別のクラスの生徒も含めると結構な人数になるが――このメルクーフの町も規模としてはそれなりに大きかった。
森林施設は王国が管轄していることもあり、騎士達が警護にも当たっている。
近くには鉱山もあり、そこでの採掘が盛んに行われている場所でもあった。
「はいはーい、みんないるわね。点呼は取らなくても班でお互いにいるかどうかきっちり確認して、いなかったら先生に報告すること。いるわよね?」
コウが皆に確認するように問いかける。
シエラの班はアルナとローリィと合わせて三人。
二人の手を取ってあげると、
「いる」
「あはは、そういう感じで報せてくれると分かりやすいわよね」
コウが笑いながら答えた。
アルナとローリィは少し恥ずかしそうにしながら視線を逸らす。
「……わざわざやらなくてもいいだろう」
「……? 何で?」
「い、いいのよ。教えるのは正しいことだから」
アルナとローリィでそれぞれ言っていることが少し違う。
疑問には感じつつも、アルナが肯定してくれたからとシエラは納得する。
「いきなり大人数で森林施設の方に押し掛けると迷惑がかかるからね。うちが森林施設を見学するのは明日よ。他のクラスが今日、見学をするから、うちは自由行動ってことで、よろしく! はい、解散!」
パンッと手を叩いたのが合図となり、それぞれの班が行動を開始した。
町中を見学しようと計画している班や、森林施設の近くまで先に下見しておこうという班もある。
そんな中、シエラ達が向かうのは、
「……本当に向かうのか?」
「いいじゃない。近くに行くだけなら。ローリィは魔物の心配をしているの?」
「べ、別に魔物が怖いとかそういう話じゃないよ。ただ、アルナちゃんが心配だから……」
アルナの言葉に、そう答えるローリィ。
シエラの班が最初に向かうのは《グラナの洞窟》の近辺。
ここから森の方へと向かい、抜けていくと滝がある。
そのすぐ傍に洞窟があるのだが、洞窟自体は危険な魔物が出ると立入禁止区域となっている。
シエラが興味を示したために、アルナがそこに向かう提案をしてくれたのだが、ローリィの心配はずっと消えないようだった。
「ローリィ、私だってもう子供じゃないの。それはもちろん、危ないことをするつもりはないわ。ただ、授業の一環として行くだけ」
「……まあ、それはそうなんだけれど」
「大丈夫。アルナはわたしが守る」
「シエラ、ありがとう」
「……ぼ、僕もアルナちゃんを守るのは当然として、分かったよ。それじゃあ近くに行ってみよう」
ローリィもようやく納得したように頷き、三人で森の方へと向かうことになった。
シエラが学園に入ってから、王都を出るのは二回目となる。
一回目は、《竜殺し》と戦った時だ。
久しぶりに外の空気に触れるような気分がして、シエラはどこか懐かしさを感じていた。
よく、父――エインズと共に森の中で野営や魔物の観察をしたものだ、と。
特にシエラは父から魔物の話を聞くことが好きだった。
戦いにおいて重要な情報にもなるし、何より魔物というのは同じ種類でも、住む場所が違うだけでかなり生態が異なってくる。
以前のシエラなら戦いでしか興味を示さなかったが、今は勉強の一環として取り入れようとしている。
そういう意味では、成長していると言えるだろう。
町を出てから、すぐ先に森がある。森林施設とはまた別の方向だ。
「この先には普通に魔物も出る可能性がある。注意して進もう」
「近くにはいないよ?」
「何で分かる――って、また匂いとか言うんじゃないだろうな」
「匂いと気配」
「……本当に動物みたいな奴だな」
「動物なの?」
「鼻が利くとか、気配を感じられるっていう人はあまりいないのよ。シエラみたいに敏感な子は特に、ね」
アルナがそんなフォローを入れる。
シエラは人よりも気配を感じ取る能力に優れる――それは、傭兵時代に培ってきたものでもあり、同時にシエラの才能とも言えるものだ。
エインズもそんなシエラの才能があったからこそ、拾って育てて傭兵にしてくれたのかもしれない。
危険な魔物であればあるほど、シエラはすぐに気付くことができる。
シエラは先行するような形で歩き、その後ろからアルナ、ローリィの順で続いていく。
森の中といっても、洞窟までの道のりはそれなりに整備されている。
十分に人が歩けるような道になっていた。
「滝までは観光スポットみたいなものね。やっぱり、そんな危険なところではないみたいよ」
「……確かに、つい最近人が通った形跡もあるみたいだ」
「……」
「シエラ、どうしたの?」
アルナが不意に問いかけてくる。
シエラの視線は、どこか遠くを見ていた。
まだ洞窟まで見えていないというのに、シエラはまるで森の奥地を見据えるかのように目を細める。
そうして、シエラはピタリと動きを止めた。
「まさか、魔物か?」
「違う。人がいる」
「やっぱり観光スポットなのね」
「ううん、少し違う」
アルナの言葉を、シエラは否定する。
その気配は、シエラの知っているものだ。
ただの人ならば、道の外れた森の中にいるはずもない――そして、その気配はシエラの方にも気付いている。
殺意ではないが、様子見をしているような感じ。それでシエラはすぐに気付くことができた。
シエラはすぐに、《赤い剣》を作り出す。
「見てくる。ローリィ、アルナをよろしくね」
「え、ちょ、シエラ――」
アルナの声も聞かず、シエラは駆け出した。
人の歩けるような道ではない場所を突き進み、草木を避けながらシエラは進む。
だが、その気配はシエラが近づく前に消えていた。
「!」
(いなくなった……違う、気配を消した)
シエラならば、多少遠くに離れたくらいなら追いかけることができる――けれど、その気配はすでに近くには感じられない。
シエラの動きを察知して、すぐにいなくなったようだ。
赤い剣を手に握ったまま、シエラは周囲を確認する。
怯えた様子で、魔物達が隠れているのがシエラには分かった。
「別に、襲ってこないなら何もしないよ」
言葉が通じるわけではないが、シエラはそう一言だけ残してその場を去る。
気配がなくなったのならば、もうこれ以上アルナから離れるつもりはない。
疑問には感じながらも、シエラはアルナとローリィの下へと戻る。
「急に飛び出したりして……制服汚れているじゃないの!」
戻ってすぐにアルナに注意されて、しゅんとするシエラがそこにはあった。