88.シエラ、計画を考える
《マルベール森林施設》――王都から離れたところにある王国の管理する施設の一つ。
施設と名のある通り人の手が加えられた場所ではあるが、自然の溢れた土地になる。
施設の目的は魔物や植物に関する研究が主となる。過去に王国に所属していた魔導師であるマルベール・エンドルフィという女性が立ち上げたものであり、《緑生の賢者》と呼ばれる彼女の名前が今でも使われている。
今回、校外学習に使われる場所だ。学園とも関わりが深く、一年生の校外学習ではもっとも多く使われる場所である。
予定では一週間ほど――森林施設内では魔法の訓練をできる広いスペースもあり、騎士の演習場にも使用されているという。
「行動計画……と言っても、森林施設だけだとそんなに見る場所はないみたいだね」
図書館で本を見ながら、ローリィは呟くように言った。
隣にいるアルナも、同意するように頷く。
「そうね。施設自体は管理者の人に案内してもらうだろうし、近くの町での行動計画も含めてでしょうね」
森林施設に宿泊するわけではなく、実際には近くの町に宿を取って行動することになる。
シエラもまた、アルナとローリィと一緒に本を見ながらその地域で見学できそうなものを確認する。
傭兵時代、各地を旅していたシエラにとってはもっと多くのことを見てきた経験はあるはずなのだが、シエラは興味を持って色んなものを見ていたわけではない。
しっかりと勉強という目的も含めて見学するのは初めての経験だ。
本に目を通しながら、シエラはパラパラをめくっていく。
そんなシエラを見て、アルナはコホン、と静かに咳き込むと、
「シエラ、本が逆さまよ」
「そうなの?」
「見たら分かるだろう……。相変わらずだな」
ローリィが静かにため息をつく。
文章ばかり羅列されている本では、特にシエラは目を通しているが、内容は見ていない。
授業中でもたまに逆にして読むくらいだ。それだけ興味の持てることではないということになる。
たとえば森林施設に大型の魔物がいるとでもなれば、シエラでも興味を持てるだろう。
実際にいるのは人を襲うことのない安全な魔物ばかり。アルナにとってはそれが一番良いことなのだが、シエラとしてはどこか物足りない。
本の位置を正して、再び読み始める。
マルベール森林施設の付近にあるもの――《グラナの洞窟》、《アーガリア草原》。
洞窟の奥地ともなると、特に危険な魔物が徘徊している可能性があるという。
(危険な魔物……)
そこに記載があるのは、大体シエラの知っている魔物ばかりだった。
危険と言われても、シエラにはそう感じられない。
魔物の危険性と言えば、たとえば人に卵を産み付ける寄生生物の類や、単独で国を亡ぼせるレベルの魔物――そういうレベルにならなければ、シエラにとっては危険とは思えなかった。
それでも、魔物と戦うことには意味がある。
シエラの経験値に、そのまま繋がることだ。
「アルナ、わたしここに行きたい」
「どこ? ……って、ここ立入禁止区域よ?」
「立入禁止ってことは……ダメってこと?」
「そうね。それに、危険な魔物も出るみたいだし」
「アルナちゃんをそんな危険なところには連れていけないだろ」
「残念」
シエラは納得したように頷いて、再び本に目を通す。
だが、アルナはシエラの隣に立つと、
「どうしてここに行きたいの?」
「んー、魔物が見たい」
「魔物学は成績良いものね。そう言えば、シエラは魔物好きなの?」
「別に。でも、強いのは好き」
良い練習になるから――そういう言葉が続くのだが、アルナが考え込むような仕草を見せる。
「入れはしないと思うけれど、近づくくらいなら平気かもしれないわね」
「ダメだよ、アルナちゃん。禁止されている場所なんだから」
「だから、禁止されているところまでよ。シエラが一緒だから大丈夫」
「それは……まあ、禁止区域に入らないならいいかもね。僕もいるし」
アルナの言葉に追従するように、ローリィが続く。
シエラに対抗して、というわけではないが、ローリィもまたアルナの言葉に納得したようだった。
シエラとしてはじっくりと中を探検したいくらいだったのだが、アルナを危険な目に合わせるわけにはいかない――シエラもそれくらいは理解している。
「じゃあ、外見るだけ」
「ええ、一日目はそこを見て……近くの滝とかいいんじゃないかしら」
「滝?」
「ほら、ここよ」
シエラの本を指差して、アルナが教える。
校外学習までの数日間――三人の行動計画は、こうして徐々に固まっていった。





