81.協力者
シエラがこうして学園長室にやってくるのは久しぶりのことだった。
入学することになった時以来だ。
部屋に入ると、椅子に腰かけた学園長のアウェンダ・シェリーが迎え入れてくれた。
にこやかな表情で、優しげな雰囲気は変わらない。
初対面だったシエラがそこまで強く警戒しなかったのも、彼女のその雰囲気があったからだろう。
「三人を連れてきてくれたのね、ご苦労様」
「いえいえ、これも仕事ですからね」
「仕事……?」
コウの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべるローリィ。
コウは別に反応することなく、そのまま部屋の隅に移動する。
「さ、まずは三人とも座ってちょうだい。いきなり呼ばれて驚いたでしょう」
「えっと、シェリー学園長がどうして私達を?」
席に座る前に、アルナがそう疑問を口にする。
もっともな疑問だ――学園長に呼ばれるなんて、そうそうあることではない。
実際、シエラも入学してからは呼ばれたことはなかった。
たとえば素行の悪い生徒が呼び出されて、その後大人しくなる――何ていう噂話はある。
シエラの場合、いろんな意味で呼ばれなかったのは奇跡に近い。
今では生活に慣れてきているとはいえ、学園の備品を破壊する率は高い方だったからだ。
この場合、アウェンダがシエラの入学を許可した時点でそういう事態もあると納得していたと考えるのが普通だが。
「まあまあ、まずは席について」
「は、はい」
困惑しながらも、アルナが促されるように席に着く。
やや警戒した様子だったローリィも、同じように席に着いた。
シエラは、コウの隣に立った。
「シエラさんも向こうの席だからね」
「そうなの?」
「あははっ、むしろあたしの近くに立つっていう発想が出てこないわ。ほら、座った座った」
改めて促されて、シエラも席につく。
柔らかいソファだったためにシエラがやや跳ねるように遊びかけたので、すぐにローリィによって止められる。
そんなことがありつつも、アウェンダが対面に座って話が始まった。
「どう、シエラさん。学園には慣れた?」
「うん、楽しい」
「うふふっ、そう。シエラさんがそう思ってくれているのなら嬉しいわ」
「おばさんのおかげ?」
「どうかしらねぇ」
「お、おばさんって……」
シエラの言葉を聞いて、少し慌てた様子を見せるアルナ。
だが、アウェンダが気にする様子はない。
そのまま、視線をローリィの方へと移す。
「ローリィさんは、左目の具合はどう?」
「……特に心配はいりません。それより、どうして僕達を呼んだんですか?」
ローリィはそう言いながら、ちらりとコウの方を見る。
コウはそれに笑みを浮かべて頷くだけだ。
――ローリィとコウは、入学試験の時から知り合いだった。
何やら思うところはあるようで、ローリィの警戒心が強まっているのが分かる。
「うふふっ、せっかちねぇ。ローリィさんは。そうね、本題に入りましょうか。まずは……アルナさん、私はカルトール家の当主とお話をしてきました」
「! お父様、と……?」
アウェンダの言葉を聞いて、アルナの表情が曇る。
アウェンダが父と話してきた――それがアルナにとっては大きなことなのだろう。
緊張するアルナに対して、アウェンダの微笑みは優しげなままだ。
「大丈夫、そんなに慌てないで。あなた達にとっては良いことだと思うわ」
「……どういうことですか?」
ローリィが問いかける。
この場で、すでに臨戦態勢に入っているのはローリィだけだった。
わざわざ呼び出してカルトール家のことを持ち出すということは、アルナの――《王位継承》に関わることだということが分かる。
アルナの側で緊張した様子がないのはシエラくらいのものだろう。
ゆったりと柔らかいソファを満喫している。
「……シエラ、少しは緊張感を持て」
「どうして?」
「どうしてって……」
「ローリィさんも、警戒しないで。私は味方よ」
「味方……?」
アウェンダの言葉を聞いて、ローリィが目を細める。
こくりと頷いて、アウェンダが続けた。
「ええ、元々話はしていたのよ。あまり進展はなかったのだけれど、この前の《人形使い》の一件で見方が変わったのかしらね」
「……! 人形使いのって、ご存知だったのですか……?」
「もちろん。私達は把握しているわ」
アルナの言葉に、アウェンダがそう答える。
人形使いの件――この前の戦いのことだ。
表向きにはシエラもアルナもローリィも、三人は近くにはいたが直接関わったことにはなっていない。
そもそも、レクス・ウェールズの死が公表されたのも別のタイミングだ。
あの事件では、怪我人はいたが遺体は発見されていない。
ミラ・ウェールズがいたという事実は、今や三人しか知らないことだ。
「私達ということは、フェベル先生も知っていたってことですね」
「まあね。あたしも一応先生だから、生徒の動向は把握しておかないとね」
「一応ではなく先生ですよ。フェベル先生」
「あははー、別にいいんじゃないですかね。もう本題から話しちゃって。あたし達はカルトール家と協力関係を結んだのよ」
「! カルトール家とだって……!?」
「あ、タイム。ちょっと言い方が悪かったわね。正確に言うと、アルナさんを守るということを明確にした、というのが正解かしら」
「アルナちゃんを、守る……? どうしてそんなことを――」
「うふふっ、それはもちろんここの生徒なのだから当然よ。まあそれは理由の一つではあるけれど、大人の事情ということで理解してもらえるかしら?」
大人の事情――そんな言葉で片付けて、アルナやローリィが納得するはずもない。
そんな二人に対して、唯一シエラだけがコウの下へと駆け寄り、
「コウも一緒にアルナを守ってくれるの?」
「守る守る。あたしもこう見えて実は元傭兵でね。金で学園長に雇われた身ってやつなのよ」
「! そうなんだ」
元傭兵――その言葉にシエラが反応する。
確かに、授業でよくコウに相手をしてもらっているシエラだが、彼女の剣はどこか戦場を彷彿とさせるものがあった。
授業であるとはいえ、コウの剣はどこまでも――人との戦いに特化していたからだ。
「いきなり言われても信用できないかもしれないわね。でも、フェベル先生が守りに加わるのはメリットだと思うわ。今度の校外授業でも、シエラさんとローリィさんだけでは大変でしょう?」
「それは……」
「もちろん、あなた達には拒否をする権利もあるわ。あくまでカルトールと私達の取り決めだもの。その場合は、フェベル先生が勝手に守るという形になるのだけれど」
「それってあたしの負担すごくないですかね?」
苦笑いを浮かべながらそう答えるコウ。
ちらりとアルナが視線を向けたのは、シエラの方だった。
視線を受けて、シエラは首をかしげる。
「どうしたの?」
「シエラは、フェベル先生が一緒にいてくれると助かる?」
「な、アルナちゃん! シエラに決めさせるのか?」
「ローリィも知っているでしょう。シエラは、そういうのが分かるから」
そういうのというのは――相手に敵意があるかどうか、ということだろう。
シエラは人よりも敵意や殺意に対して敏感だ。
アウェンダやコウにそういう意思があれば、シエラなら気付くということだろう。
シエラはこくりと頷いて答える。
「コウも強いから、いると便利」
「あはは、生徒のパシリにされる気分だよ」
シエラの言葉を聞いて、アルナも決意したような表情を浮かべる。
アウェンダの方へと向き直り、言い放った。
「……協力していただけるというのなら、お受けします」
「賢明な判断ね」
「ただし、カルトール家との関わりを優先するのであれば、お受けできません」
アルナがそう答えて、ローリィの手を取る。
アルナもまた、カルトール家の意思にただ従うだけではなくなったのだ。
「もちろん、私達はあくまであなた達を助けるために動くと誓うわ」
アウェンダの答えを聞いて、一先ずアルナが警戒を解く。
まだローリィは警戒しているようだったが、アルナが納得した以上は拒否をするようなことはしない。
「そういうことで、今日からよろしくっとね」
そうして――担任であるコウ・フェベルが協力者として加わることになった。





