8.シエラ、合格する
試験結果は後ほどということだったが、シエラの合格はすぐに伝えられた。
まだ新学期も始まったばかりの編入生ということもあり、シエラの入学手続きは早々に行われることになった。
シエラ・アルクニス――ワーカーという名を伏せて、シエラは学園に通うこととなった。
学園長室で結果を伝えられたシエラの前には、にこやかな表情をしたアウェンダがいた。
「まずは合格おめでとうね、シエラさん」
「うん、ありがと」
「うふふっ、良いものを見せてもらったわ」
「良いもの?」
「あなたの模擬試合のことよ。戦い方はエインズさんから教わったのよね?」
「そうだよ。私の知ってることは全部、父さんから教えてもらったことだもん」
こくりと頷くシエラ。
知識も技術も、全てエインズから受け継いだものだ。
「うふふっ、他の生徒にも良い刺激になると思うわ。書類のほとんどは私の方でも用意しているから、明日からでも早速通ってもらおうと思っているけれど、それで構わないかしら?」
「うん、私はいいよ」
シエラ自身、王都を見てみたいとは思うがやりたいことがあるわけではない。
むしろ、エインズから言われたことは友達を作るように、とのことだった。
シエラにとってはやったことはない経験だが――正直言ってしまえばそれが一番したいことでもある。
(友達、できるといいな)
そんな普通の子供らしい考えも、エインズの交友関係を見て考えるようになっていた。
明日は朝からまた学園長室に出向いてから、編入予定のクラスに紹介するとのことで、シエラは仮に宿泊している寮の方へと戻ることになった。
アウェンダ曰く、そのまま空き部屋をシエラの寮の部屋にしようと考えているらしい。
特段荷物もないシエラとしては、どの部屋でも構わないと了承した。
そうして、寮に戻る途中――学園の廊下で一人の男とすれ違う。
先ほど、シエラの試験を担当したホウス・マグニスだ。
「……覚えていろよ」
「……?」
(あの人……何て名前だっけ)
シエラ自身、試験官の名前など覚えているはずもない。
去っていくホウスの方をちらりと見たが、そのままシエラは寮の方へと戻っていった。
***
「あれをこの学園に入れるなんて、正気なんですか?」
ホウスが学園長室に入ると同時に言い放ったのは、そんな言葉だった。
アウェンダはホウスの言葉に対して頷くと、
「筆記試験は確かに不合格でしたが……模擬試合で勝利したら合格と約束してしまったのはあなたですよ。マグニス先生」
「そ、それは……」
「それに、優秀な人材を学園に引き入れることに何の問題がありますか。それとも、あなたが負けたからこの学園に入れるな――とでも言うおつもりですか?」
「……っ」
ギリッと奥歯をかみしめて、ホウスがアウェンダを睨む。
アウェンダは微笑みを浮かべたまま、ホウスに言う。
「これを機に、生徒としっかりと向き合ってくださればと思っています。あなた自身、優秀な魔導師なのですから」
「……分かりましたよ」
ホウスはそう答えて、学園長室を後にする。
アウェンダがホウスを試験官に任命したのは、この結果が見えていたからなのかもしれない。
アウェンダはシエラを利用して、ホウスに対し警告をしたのだ。
優秀な魔導師ではあるが、不遜な態度の多いホウスは――講師としては向いていないところもある。
ただ、そこさえ直せば講師としても優秀な人材になる――アウェンダはそう考えているのかもしれない。
だが、当の本人はシエラに対する恨みを積み重ねていた。
少ない講師陣の面々だったとはいえ、人前であのような恥をかかされたのだ。
(あのボケっとした面……泣き顔にするだけじゃ済まさねえ)
怒りに満ちた表情で、ホウスはそんな決意を固めるのだった。