78.夜に舞う銀の少女
夜――月明かりの中を駆ける一人の少女がいた。
銀色の長い髪をなびかせ、《赤い剣》が揺らめくように動く。
シエラ・ワーカー――《最強の傭兵》と呼ばれるエインズ・ワーカーの娘だ。
屋根伝いに駆けるシエラに対して向かってくるのは二つの影。一人目は、シエラの前に降り立って短刀を構える。
シエラが迷うことなく剣を振るい、切り伏せる。
もう一人が、シエラの背後を取った。瞬間――ふわりと、シエラの身体が宙を舞う。
すでに後ろに回られたということにも気付いていたのだろう。
影の上を取ると、シエラはそのまま首を吹き飛ばす。
さらに身体を宙で回転させると、赤い剣が閃光のように駆ける。
「が、はっ……」
遥か遠くに立つ人陰を、シエラの剣が貫いた。
シエラの周囲にいた影が、次々と姿を消していく。《魔法》で作り上げられた影は、主を失ってその姿を保てなくなったのだ。
シエラが降り立ったのは――ブロンドの髪の少女の前。
起伏のない表情で、それでもいつものようにシエラが言う。
「終わったよ、アルナ」
「……シエラ、怪我はない?」
「うん。今日はないよ」
最初にアルナの心配することは、いつもシエラの怪我のこと。彼女はよく無茶をする――今だってそうだ。
アルナをつける魔導師に気付いたシエラが人気のないところに誘い込み、戦闘に持ち込んだ。町中ではシエラも慣れてきたのか、無茶な攻撃をすることは控えるようになっている。
ある意味では、正しく力を制御できていた。
シエラの場合は、力を出しすぎないことが正しい成長だと言えるだろう。
今回、アルナを狙ったのは単独の魔導師。実力はあったようだが、シエラに対しては力が及ばない。
――金で雇われたという意味では、彼もまた傭兵と同じだ。
「今の時間だとアイスは売ってないかな?」
「……そうね、お店は開いていないかも」
戦いの後、アイスをほしがることが多いのは喉が渇いているのだろうか。
アルナもシエラに対してアイスを買ってあげたいという気持ちはあるが、
「でも、今日のところは帰りましょうか。追試の勉強もしないといけないし」
「追試……」
そう――入院のこともあったが、結局シエラはいくつかの教科で赤点を取った。
それでもシエラは頑張ったほうだから、と今日はシエラのために町の方に遊びに来たところだったのだ。
「それにローリィも寮で待っていることだし」
「ローリィも来ればよかったのに」
「あの子もまだ無理はできないみたいだから」
ローリィ・ナルシェ――彼ではなく、彼女だったアルナの友達。
左目を潰した負担がまだあるらしく、通院も続けている。
それでも無理をしやすいのは、彼女の性格だと言えるだろう。
――そう、アルナにとって一番の驚きは、ローリィが女の子だったということだ。
元々容姿は女の子のようだと思うことはあっても、ローリィ本人だけでなく周囲の人間もローリィを男の子だと扱っていたから無理もない。
アルナ自身、ローリィと一緒にお風呂に入るようなこともなかったために、気付けなかった。
先日、怪我の影響のあるローリィのことを気にして一緒に入ることになり、改めてローリィが女の子であると認識した。
ローリィもそういう生活に慣れていないのか、アルナと風呂に入ること自体恥ずかしがっている節がある。そういう態度を取られると、アルナも少し恥ずかしい気分になった。何も気にしないのは、シエラくらいのものだろう。
シエラは特に風呂に入る時は包み隠さない。ローリィもシエラの方はあまり直視しないようにしていて、それが分かっているのか分かっていないのか――シエラがローリィの前に立つことは多かった気がする。
こんな風に戦うことはあっても、シエラが生活に馴染んできているというのは、アルナにも分かった。
そして、アルナもまた――今の生活に慣れてきている。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「うん」
シエラの手を取って、アルナは学園の寮を目指す。
――もうすぐ学園の校外学習として、王国の外へ行く機会がある。
それはアルナにとっては王国の外を見る機会であると同時に、命を狙われたままの危険な旅でもあるのだ。
それでも不安より期待の方が勝るのは、きっとシエラがいてくれるからだろう。
気付けばアルナを連れるように前を歩くシエラを見て、アルナはそう感じていた。





