77.シエラ、日常に戻る
シエラは短期間でまたしても入院する羽目になり、病院側からは少しだけ渋い顔をされた。
もしかすると常連になるのでは、という予感があったのかもしれない。
実際、これほど短期間で入院するのはシエラくらいのものだ。
同様に、ローリィも同じ病院に入院して――シエラより長引いている。
回復力まで高いシエラはそこが違うところだった。
――《闘技場》半壊事件。
騎士団が公表したのは、何者かによって闘技場が破壊されたということ。怪我人はいたが、死亡者はゼロという発表だった。
テロ行為という形で片づけられたのは、騎士団の団長が《王位継承者》であるリーゼ・クロイレンの父親であるというところが大きいのかもしれない。
国としても、継承者が命を狙われたことでそれほど大きな事件が起こっているということは表沙汰にはしたくないのだろう。
アルナもそんなことで目立ちたくはないと言っていた。
別の形で発表されたのは、《人形使い》であるレクス・ウェールの死――疑問に残るのは、発見されたとしても死んだのは彼女であるはず。
それなのに、死亡したというのはレクスと断定されたことだ。
こればかりは、騎士団に関係する者でなければ分からないだろう。
そうして、戦いを終えたシエラはまた――いつものように学園生活を送っていた。
先に退院したシエラは今日もアルナと一緒に登校して、ローリィを待つ。
今日は、ローリィが退院してから初めて登校してくる日だった。
「ローリィ君が来るのも久々だねー」
「そうですね。シエラさんも二度目の入院があって……お二人とも大丈夫ですか?」
「うん、私は平気。ローリィも大丈夫」
クラスメートのルイン・カーネルとオーリア・トルトスの二人の言葉にシエラは頷いて答える。
一応、二人は闘技場の近くにいたために怪我をした――そこだけは事実を話している。
どうしてそこにいたのか、など後々学園側から問い詰められることにはなったが、そのあたりのことは学園長であるアウェンダ・シェリーが深く追求することはないように、と釘を打ってくれたらしい。
シエラの父であるエインズとは知り合いだというアウェンダがシエラに気を利かせてくれたのかもしれない。
「私も会うのは少し久々なのよね。お見舞いに行ってもなかなか会えなくて……」
「えー、アルナさんでも?」
「私達もお会いできませんでしたね」
「ローリィにも色々あるから」
「シエラさんは何か知ってるの?」
「うん。でも、ローリィには言うなって言われたから」
ルインの問いかけに対して、シエラはそんな風に答える。
シエラの知るローリィの秘密は一つしかない。
「……? それってどういう――」
「おはようございます」
アルナの言葉を遮ったのは、ガラリと扉の開く音と――ローリィの挨拶。
久しぶりに登校してきたローリィに、皆の視線が集中する。
そこにいたのは、いつもの執事服に身を包んだローリィではなく――女子生徒の服に身を包んだローリィだった。
結んでいた髪はそのまま流すように。
左目は隠されているが、眼帯をしているというのは分かった。
「え、ローリィ君……?」
「そのお姿は……」
「……!? どういうこと……!?」
誰しもその姿に驚いていたが、一番驚きを隠せないのはアルナだった。
おそらく、この教室内で驚いていないのはシエラくらいのものだろう。
ローリィが女の子だと知っていたのは、シエラだけなのだから。
「アルナちゃん……その、今まで言えなかったんだけど……」
「……! ローリィ、そういうことだったのね」
アルナが何かを悟ったように頷く。
驚く生徒達を尻目に、アルナがローリィの手を取る。
その表情は真剣で、ローリィもアルナが理解してくれたものだと頷いていた。
「ローリィ、私は貴方のことを受け入れるわ」
「……そう言ってくれると助かるよ。僕も、その……今まで言えなかったら」
「ううん、私の方こそ気付けなくて。ローリィ――女の子の格好がしたかったのね。でも、それなら面会なんて断らなくなって言ってくれればよかったのに」
「え、いや、そうじゃなくて……」
「アルナ、違う。ローリィは女の子」
「……え――え?」
勘違いしたままのアルナをフォローしたのはシエラだった。
シエラの言葉を聞いて、目を丸くしたアルナがローリィを見る。
下から上まで――今まで男だと思っていた相手が女子生徒の服を着てきたのだから、そう勘違いするのも無理はないかもしれない。
ローリィもそんなアルナの反応を見て、恥ずかしそうに頬を赤く染めながら視線を逸らす。
「……あまり、見ないでほしいな、って」
「え、ええ!? ほ、本当にそうなの!? ちょ、私の理解が追い付かないのだけれど!」
「とりあえず説明するから落ち着いてっ」
きっと、そんなに驚くアルナの姿も滅多に見られることはないだろう。
そんな慌てふためく二人の姿を見て、シエラは自然と笑みをこぼす。
そんなとき、
「シエラ! そもそも知っていたのならどうして教えてくれないの!?」
アルナが少し怒った表情でシエラの方を見る。
ローリィの誤魔化してほしいという視線を受けながら、シエラはこくりと頷いて答える。
「ローリィが黙ってろって」
「な、お、お前……!」
まったくの誤魔化しもなかったために、ローリィの方へまたアルナの怒りが向く。
このままだと、シエラのおやつが抜かれる危機を感じ取ったために仕方のないことだった。
女の子だというのに男子寮で生活をしていたこと――特にその部分を中心にローリィがアルナに怒られることになる。
アルナの説教は始業の鐘が鳴るまで続いたのだった。
アルナとローリィ――主と従者という関係でしかなかった二人が、ようやく友達という対等な関係になったことが、シエラにもよく理解できた。
こちらで二章完結となります!
引き続き三章を書いていこうと思いますので、今後とも宜しくお願い致します!





