76.敗北者
もう、これが痛みなのかどうかも分からなかった。
(私は、負けたのか)
それを理解するのに時間はかからず、彼女には何も残っていない。
女神の名を冠した師の――父の人形をもってして、シエラに敗北したのだ。
生きていられるのは、《安寧の女神》のおかげとも言える。
(いや……せいと言うべきか。結局、私は先生にはなれな――)
「やあ、ここにいたのか」
耳に届いたのは、男の声。
瓦礫に埋もれていたミラを、鎧姿の男が見つけ出したのだ。
騎士の男はまるで友人とでも挨拶をするかのように、軽く手を振っていた。
「念のため騎士の姿に化けて潜り込んで正解だったね。丁度、瓦礫を片しているところさ。さすが、女神の名を冠する人形――その中にいた君も、無事とは言えないけれど生きているとはね」
ミラにはその男が何者か分かる。
ルシュール・エルロフ――何者でもなく、何にでもなれるというのは、彼の言葉だ。
ルシュールの目的が何なのか――どちらにせよ、もはやミラは動くこともできない。
「しかし派手にやったもんだね。王都内で君とシエラ・ワーカーがやれそうな場所と言えば、確かにこういうところだろうけどさ。闘技場、半壊だよ?」
全壊しなかっただけましだ、そう答えてやりたいところだが、ミラは無言のままルシュールの言葉を聞く。
すべてを賭けて負けた。それ以上でもそれ以下でもない。
ミラは、シエラに勝てなかったのだ。
全力の戦い――いや、シエラはアルナとローリィを守りながら戦っていた。
それでも負けたのなら、ミラはシエラに遠く及ばなかったということになる。
「――」
声を出しているつもりだが、流れ出るのは呼吸音だけ。
それでも、ルシュールがミラの意図を汲み取ったように頷く。
「負けた……とでも言いたいのかな。ボクとしては、生きていれば負けではないと思うけれど。それで、どうしたい?」
「……?」
「単純な話さ。このまま死にたいならボクは君を始末する。でも、できればボクはまだ君には生きていてもらいたいね。シエラ・ワーカーとここまでやり合える人材もそんなにいないからさ。ああでも、こっちはこっちで成果は上がったと思うよ?」
ルシュールの言う成果とは、シエラ達のことではないだろう。
おそらくは別の候補者――頭抜きん出て強いシエラに対してはミラのように戦闘能力の高い者が差し向けられている。
ルシュールがしゃがみ込み、ミラの顔を覗く。
そして、言葉を続けた。
「せっかく回収した《竜殺し》も使ってないんだ……まだやれることはあるんじゃないかな」
ルシュールがミラを利用したいということはよく分かる。
あくまで仕事上での関係でしかない――それでも、敗北したミラに、ルシュールはまだ利用価値を見出だしたということなのだろう。
ミラは考える――いや、考えなくても答えは出ている。
ミラの表情を見て、ルシュールが笑みを浮かべた。
「良かった。それじゃあ戻ろうか」
二人は、瓦礫の山から姿を消す。
後に闘技場に散らばった数百を超える人形の他に、破壊されたイゼル人形が発見される。
これにより、行方不明となっていた《人形使い》――レクス・ウェールは表向きにも裏向きにも死亡したということになった。





