73.守るための剣
レクス・ウェールは世界各地で有名な《人形使い》だった。
町で披露する人形劇、都の劇場で行う演劇、そして――舞台は戦場にもある。
人形を使った暗殺の仕事は、以前からレクスにもやってきていた。
彼の作り出し、そして操れる人形は小さな家具にも扮することができる。
小規模ながらも、彼は暗殺の仕事も受けていた。
いつしか彼の名と同時に、彼の操る人形も有名になっていく。
「……」
「どうしたんですか、先生?」
黒装束に身を包んだレクスの表情はうかがうことができないのだろう。
彼の側に寄り添う幼い少女が、そんな風に問いかけた。
「いや、少し悩んでいた」
「悩み、ですか? もしかして次の劇場のこと? それとも人形の案……?」
「いや、もう一つの仕事の方である」
「もう一つ……あ」
少女は何かに気付いた表情を見せる。
幼いながらも彼女は人形使いとして優秀で、まだ七つだというのに五体の人形を操ることができた。
さすがに、レクスのように十数体の人形を操ることができるレベルにはならないだろうが。
「人形使いとして、私のするべきことにな」
「するべき、こと?」
「うむ。人形は魔法世界において所詮は無駄な技術……いずれは廃れる運命である。斯様なことを続けたとして――」
「……! せ、先生がそんなこと言わないでくださいっ!」
レクスの言葉を遮って、少女が叫ぶ。
少し驚いて、レクスは少女を見る。
彼女は、レクスが拾って弟子にしたのだ。
両の拳を握り締めて、少女は俯く。
その右手は、少女のものではなく人形のものだ。
「この技術があるから、わたしは戦争で失った手が使えるんです……」
「お前に才能があるからである。人形使いとしても、そして人形作りも、だ」
「そんな……先生の人形には遠く及ばないものばかりです。特に、先生の使う最高傑作にはわたしの人生をかけたとしても、きっと追い付けません」
「最高傑作、であるか」
「……先生?」
「ミラ、これからの話をする。私はこの仕事が終わったら、少し人形使いとして仕事から離れようと思う」
「……! そ、それって人形使いを辞めるってことですか?」
「それも含めて、決めるとしよう」
レクスはそう答えて、少女――ミラの頭を撫でる。
そうしてレクスは少女を残して次の仕事へと向かったのだった。
***
それはもはや小規模な戦争と言えるレベルになりつつあった。
闘技場に現れた数百の人形。
もはや一人で操れる限界を超えている――だが、黒装束はそれを可能としている。
明らかに常軌を逸した、シエラとは別の方向で化物のようなレベルだ。
「――私の名はレクス・ウェール」
「レクス……!?」
息も絶え絶えな状態でアルナに支えられたローリィが、その名を聞いて驚く。
アルナもまた驚きの表情を浮かべていた。
「レクスって、あの……!?」
「知ってるの?」
「《魔法学》より、《文学》の方で有名な方よ……でも、どうして……」
「知る必要のないことである。だが、覚えておけ……シエラ・ワーカー。今からお前を殺す者の名を」
レクスが両手を広げる。
その動きに従うように、一斉に人形達が動き出した。
シエラも呼応するように動き出す。
その場からは動かず、両手に持った剣を振るう。
赤い斬撃が空中へと放たれ、やってくる人形達を飲み込む。
だが、人形達は壊れた人形を無視して次々と向かってくる。
三体の人形が、シエラを囲うように降り立った。
シエラはその場で足を軸に身体を回転させる。
人形達の胴体と下半身が分かたれ――再び繋がれた。
「!」
そのまま、人形達がそれぞれ武器として持つ刃を振り下ろす。
人形の股下を滑るようにして、シエラはその攻撃を回避する。
直後、シエラの足元に忍び寄ったのは小さな人形。
頭だけの壊れた人形は、口元に仕込んだ針を飛ばす。
シエラはそれを剣で弾きながら、頭だけの人形を蹴り飛ばす。
再び態勢を立て直したシエラの視界に映ったのは、人形達に囲われるアルナとローリィ。
「アルナ、ちゃん。下がって……」
「ローリィ、無理よ!」
アルナがローリィを庇うように前に出る。
その手に握られているのは《装魔術》で作り出した《青白い剣》。
だが、アルナではレクスの操る人形には勝てない。
「――」
シエラは地面を蹴って、高く跳躍する。
アルナとローリィの二人の上に来ると、剣を投げた。
「っ!」
アルナとローリィの前に突き刺さった剣を中心に、出来上がったのは《赤色の結界》。
人形達の攻撃は、その結界に阻まれ届くことはなかった。
むしろ、攻撃した人形の腕の方が吹き飛ぶ。
「防御、魔法……? ぐっ……」
「ローリィ! 大丈夫……!?」
「何とか……けど、この魔法は……」
「あの時と同じ……? でも……」
アルナが驚きながら、そんなことを呟く。
以前、アルナを庇ってシエラが防御魔法を使ったことがある。
アルナは実際にその魔法を見たわけではない。
あまり使ったことはないと言っていたが、少なくともアルナとローリィを守るには十分すぎるものだった。
「ほう、そんな物が使えたとはな」
「練習したから」
レクスに対して向き合ったシエラは答える。
「練習って、まさか、早く起きてたのって……?」
防御の魔法はそもそも、シエラにとっては使う必要のないものだった。
だから強固な守りは必要なく、魔法の扱い長けたシエラでもほとんど練習したことはない。
だが――
「アルナを守るために必要なら、できるようにする」
「クカカ、健気な娘であるな。だが、一本の剣でこの軍勢と戦えるか?」
「戦えるよ。言ったよね、全部壊すって」
「良く言った――ならば踊って見せろ」
その言葉に合わせて、シエラと人形達が動き出す。
人形は見た目こそ獣や人のようであるが、攻撃の方法は多種多様だ。
多いものでは口や顔を開くことによる暗器による攻撃となるが、それも人形によって違う。
シエラの戦闘におけるセンスがもっとも輝くのは、生きているものと戦う時だ。
その生物の特徴、動きから相手の行動を予測して戦う。
人形相手にはそれができない――シエラは目で見て、音を聞き、そして周囲からピリピリと感じられる殺気を頼りに戦っていた。
剣を振るえば、人形達をいくつも破壊することができる。
だが、その都度隙はできる。
人形は、その隙をついてシエラへと波状攻撃を行う。
速さだけなら圧倒的なシエラも、人形の数の多さに加えアルナとローリィから必要以上に離れることのないようにと戦いの場が限られていた。
それでも、人形の数は目に見えて減っていく。
「……」
レクスは、それをただ傍観しているようだった。
シエラの戦いを、圧倒的な数で押し潰さんとする人形達に対して、一人でもひたすらに戦いを続けるシエラを。
致命傷となる攻撃は避けているが、シエラにもかすり傷が増えていく。
それでも、シエラは怯むことなく剣を振るう。
長い戦いのようで、実際には数分にも満たない時間だ。
シエラの放った一撃で、また数十の人形が吹き飛ぶ。
バラバラになって地面に転がった人形達を、レクスが見つめる。
シエラは、レクスに刃を向けた。
「……これで全部だよ」
「見事、第二幕は英雄が迫り来る軍勢を打ち倒したのであるな」
「……? 戦いは劇じゃない」
「いや、私にとってはそれも必要なこと。人形使いであるのなら――いつ如何なる時も人形使いらしくあれ、だ」
シエラはわずかな雰囲気の違いを感じ取った。
先ほどまでのレクスとは違う――何か決意にも似たものがある。
小さく息を吐いて、シエラが構え直す。
その呼吸は、わずかだが乱れていた。
「シエラ・ワーカー……お前は人形の軍勢を蹴散らした。お前の言葉に応じ、私も姿を現すとする。第三幕――否、これで終幕となろう」
レクスの言葉と同時に、一体の人形が降り立った。
純白のドレスに身を包んだような姿。
人形というよりも本当に、人間の女性に近い姿をしている。
それが逆に異質さを放っていた。
そして、シエラはその姿を知っている。
ここ最近、アルナからよく教えてもらったことだからだ。
「《安寧の女神》イゼルを象った人形――唯一、レクス・ウェールのみが扱える人形である。これが、お前の命を貰い受ける」
レクスが人形の隣に立ち、そう言い放ったのだった。





