72.シエラと人形使い
シエラは改めて周囲を確認するように視線を向ける。
うっすらと細い糸が人形達に向かって伸びている――シエラならば、凝視すればそれくらいは分かる。
そして、黒装束の方へと視線を戻す。
「許さない、であるか。随分と上からものを言う。他人を傷付けることに特化した傭兵が」
「そう、わたしは傭兵。それは今も変わらない」
シエラはゆっくりと構えを変える。
胸元まで《赤い剣》を引き寄せ、遠くを見つめるように目を細める。
「でも、二人は友達だから――」
瞬間、黒装束のすぐ横を赤い閃光がはしる。
先ほどシエラがやってくる時に見せたもの、剣の投擲だ。
まるで加速するように飛翔する剣は、反対側の観客席へと届いた。
ズンッとわずかな衝撃音が響き、
「一人目」
「! まさか……」
黒装束が驚きの声を上げる。
カタカタと震えるような音が周囲に響き渡り、何体もの人形達が突然、力をなくしたように動きを止める。
「こ、これって……?」
アルナが周囲の様子をうかがうように呟く。
アルナとローリィの近くにいた人形も同様だ。
シエラは再び、赤い剣を作り出す。
「《人形使い》と戦ったことはあるよ。常人は三体くらいが限界で、普通なんだって。あなたの操る人形の数は確かに異常。十数体も一人で操るなんて。でも、実際には少しだけ違う。一人の手練れでも、ただのチームでもない――複数人の手練れのチーム、あなた以外にも、同じレベルの人形使いが四人いる」
シエラは二本の剣を構える。
やってくるのが遅れたのは、闘技場の状況を確認するため。
気付かれないように確実に、相手の戦力を知るためだった。
アルナが直接ローリィの下へと向かうと言った時、シエラはそれを止めなかった。
アルナの表情から、その覚悟を感じ取ったのである。
その覚悟があるからこそ、こうしてアルナとローリィは生きて一緒にいる。
「……あなたもわたしと戦う覚悟があるなら、姿を見せたら?」
「っ! ほう、そこまで気付くか」
黒装束がまた、驚いたように答える。
だが、両手を広げた黒装束の動きに沿って、人形達が動き始める。
「――であるのなら、まずはこの軍勢を超えて見せるのである」
「……いいよ」
シエラの背後から、人形の一体が刃を振り下ろす。
シエラは跳躍してそれを交わす――すでに、複数体の人形がシエラの下へと迫っていた。
身体を回転させながらの一振りで、人形達を破壊する。
同時に、赤い閃光が再び空を駆ける。
シエラは再び赤い剣による投擲を行う。
すでに仲間の一人がやられている以上、同じ場所には留まっていないだろう。
それは分かっている――シエラが放った赤い剣は、再び人形達の間を掻い潜り、貴族達が利用する専用席へと突き刺さる。
一つの人影が、だらりと崩れ落ちるのが見えた。
「二人目」
そう言いながら、シエラは振り向き様に剣を振るう。
背後から迫る人形を、赤い斬撃が吹き飛ばす。
魔力で作り上げられた斬撃は、そのままの勢いで他の人形達も飲み込んでいく。
着地と同時にシエラが再び、赤い剣を投げる。
すでにもう一方の剣は作り出している。
再び空中を走る剣の動きを阻害するように、人形達が何体も立ちはだかる。
仲間の一人をやられるよりも、人形が壊される方がまだいいのだろう。
当然だ――人形は使い手がいなければ、動くことができないのだから。
クンッとシエラが右手の人差し指を動かす。
真っ直ぐ進んでいた赤い剣は、その指示に従うかのように向きを変えて、人形達を避けて飛ぶ。
「三人目」
再び、赤い剣が人形使いの一人を貫いた。
そのままシエラが手を振るうと、まるで赤い剣が意識を持っているかのように動き出し、すぐ近くにいた人形使いの一人を斬り殺す。
「四人目」
わずか数秒の間に、次々と人形使いは葬り去られる。
数百という数を超えた人形達が、動きを止めてその場に崩れ落ちていく。
残されたのは、黒装束の人形使いと十数体の人形のみだ。
「《装魔術》に、魔力で作った糸を伸ばしたか。……人形使いの真似事であるか?」
「初めて使ったけど、そんなに難しくないね」
シエラはそう言いながら、剣を黒装束へと向ける。
「これで後はあなただけ」
「ふむ……確かにその通りであるな」
仲間がやられたというのに、黒装束はどこまでも冷静な声で答える。
一人で操れる人形の数を圧倒的に超えているとはいえ、その多く仲間が扱っていたものだ。
シエラはそう考えていたが、周囲から鳴り響く小さな音で異変に気付く。
「……?」
「同じレベルの人形使い、か。奴等は確かに私と同じ人形使いであるが……」
動きを止めたはずの人形達が再び動き出す。
シエラの剣は、黒装束の仲間の四人は確実に仕留めた。
(他にも仲間がいる――わけじゃない。これは……)
「私が、斯様な奴等と同じレベルと思うな」
息を吹き返したように動き出す人形の軍勢。
黒装束が笑いながら、シエラへと言い放つ。
「クカカ、第二幕であるな。私もようやく、本気が出せる」
シエラの表情は変わらない。
どのみち人形は全て破壊するつもりだった――動こうか、止まっていようが関係ない。
「いいよ……全部壊すから」
二本の赤い剣――《デュアル・スカーレット》をシエラが構える。
人形の軍勢と、シエラは再び対峙した。





