71.一緒にいたいから
ローリィはアルナを庇うような形で、すぐに並ぶ座席へと身を隠す。
動きを止めた人形達が視界に入った。
(何で、動きを止めた……? いや、それよりも……!)
「何を――」
「何をしているのよっ!」
「っ!」
ローリィの言葉を遮ったのは、アルナのそんな叫ぶような声だった。
今にも泣き出しそうな表情を見て、ローリィは動揺する。
また、アルナを悲しませてしまった、と。
「……すみません。敵に後れを取るようなことに……。ですが今はそれどころでは――」
「そんなこと言っているんじゃないの! どうして一人で、戦うような真似をするのよ……!」
「どうしてって、それがアルナお嬢様のために……」
「何が私のためになるの!? 私は、私のために誰かに傷付いてほしいとは思わないわ!」
「……! ですが、それは……」
「分かっているのよ。そんなこと、私が生きている限り無理だって……!」
アルナが俯きながら言う。
こんな風に感情的に話すアルナは見たことがない。
いや、見ようとしなかったのだ。
自分の理想を、常にアルナに押し付けようとしていたのだから。
アルナの言葉を否定しようとするが、上手く言葉にできない。
しばしの静寂の後、アルナが言葉を続ける。
「でも、私にも覚悟くらいはあるわ」
「覚悟……?」
「私のために誰かが傷付くのなら、私はその傷を背負っても生きていく――私には、気持ちでしか答えられないから。だから貴方もよ、ローリィ」
アルナがそう言って、ソッとローリィの頬に触れる。
ローリィはその震える手を、取ることができない。
「……僕は、シエラに対してひどいことをしました」
「それも含めて、私が背負っていくわ。シエラが許しても、貴方が自分を許せないと言うのなら、貴方が自分を許せるまで一緒にいる」
「……っ! 僕、は……!」
アルナの手を、強く握る。
アルナはローリィと一緒にいたいと言ってくれていた。
昔のように仲良くなりたい、と。
それを否定していたのはローリィだ。
彼女と一緒に居ていいのは、カルトール家に仕えるローリィ・ナルシェだけだと思っていたからだ。
けれど、本当は違う。
「僕は――がっ、く……!?」
「ローリィ……!?」
アルナの言葉に答えようとしたローリィの左目に、突然痛みが走る。
それは、カルトール家の施した術式。
ローリィを支配するものだ。
近くにいなくても、その命令がローリィの頭の中に響く。
――アルナを殺せ。
そんな言葉が、繰り返しローリィの思考を支配する。
振り返ると、ローリィとアルナの行く末を見つめる黒装束の姿があった。
「アルナ・カルトールが来たのであれば手間が省けたのである。喜劇でないのならば、せめて悲劇でこの場を盛り上げよ。お前の手で、アルナを殺すという悲劇でな」
すぐ傍で黒装束の操るマリューが命令を下す。
「アルナを、殺せ」
「く、そっ……!」
「大丈――っ!?」
アルナの首に、ローリィの手が伸びる。
魔法で強化されたローリィの腕力ならば、アルナの首の骨を折るくらい難しくはない。
「ロー、リィ……!」
アルナが、ローリィの名を呼ぶ。
彼女ならば、カルトール家の支配の魔法を使えるはずだ。
けれど、アルナは今になってもそれを使うことはない。
それが、アルナ・カルトールという少女なのだ。
ローリィは震える手で、懐から一本のナイフを取り出す。
綺麗に手入れされたナイフは、ローリィが常に懐にしまっているものだ。
ナイフを握りしめたローリィは、アルナに向かってナイフを振り上げる。
「絞め殺すではなく刺し殺す、か。刺しどころには気を付けろ――一撃では死なぬこともある」
黒装束のそんな言葉も、今のローリィには届かない。
支配の魔法は従者が決して主に逆らえないように使われるものだ。
ローリィは今から、確実にアルナを殺す。
その命令は絶対だ。
「アルナ、お嬢様……」
ローリィは声を絞り出す。
アルナは答えない――否、答えられないのだ。
「あなたは、今から僕がすることに怒るかも、しれません。けれど、甘えたことを言うようだけれどこの傷も、一緒に背負ってください」
「かはっ、なに、を……!?」
ローリィは、アルナの首元から手を放す。
それは自らを支配する魔法を破壊する行為――左目を、ナイフで貫いたのだ。
「こうすれば、カルトール家の支配からは、解放される……昔よく聞かされましたよ。そんなこと、できるはずはない、とね……!」
「どうして、そんな……!」
悲痛な表情を浮かべるアルナに、ローリィは微笑んで見せる。
自分のことでそんな顔をさせるのは、今日で最後にする――それが、ローリィの決意だ。
「僕はあなたと――いや、君と一緒にいたい。カルトールも、ナルシェも関係ない。僕自身が、君と一緒にいたいんだ」
ナイフを抜き取り、流れ出る血を拭いながらローリィは黒装束と向き合う。
守るべき彼女のために、戦うのだ。
「アルナちゃんは、僕が守る……!」
「――クカカ、悲劇にはならなかったが喜劇にはなかったか。まあ良い。それであるのならば、私の手で幕を引くまで」
数十もの人形達が動き始める。
そのうちの一体が、ローリィとアルナの前へと降り立った。
痛みが酷く、意識も定まらない――それでも、ローリィは倒れない。
アルナを守るために、生きて戦い抜くと決めたからだ。
人形はそんなローリィに対しても、無慈悲に刃のついた腕を振り上げる
「――」
だが、その腕が振り下ろされることはなかった。
ローリィの視界に映ったのは、赤い流星。
ただ真っ直ぐに、人形を貫いたのは月明かりに照らされた《赤い剣》。
人形がズルズルと勢いよく引きずられ、やがてピタリと止まる。
突き刺さった赤い剣の上に降り立ったのは、同じ色の剣を持つ銀色の少女。
――分かっていた、きっと彼女はアルナを守るために来てくれる、と。
ローリィが勝てなくても、彼女ならばきっと、勝ってくれるはすだ。
「シエ、ラ……」
ローリィは少女の名を呼んで、その場に膝をつく。
アルナが、ローリィの身体を支えてくれた。
意識を保つのもやっとな状況で、ちらりと見えたシエラの表情は、いつものように起伏のない表情ではない。
「やはり来たか、シエラ・ワーカー。クカカ、まるで英雄のようであるな。だが、演劇に英雄は必要――」
「そんなことはどうでもいい」
シエラが黒装束の言葉を遮り、剣先を真っ直ぐに向ける。
「あなたは、私の大切な友達を傷付けた。だから――もう許さない」
シエラが怒りの表情で黒装束を見据えた。





