7.シエラ、試験を終える
「シエラ……例えば町で暴漢に襲われた時、お前ならどうする?」
父――エインズはふとそう問いかけてきた。
とある戦地で、これからエインズと共に戦争に参加するというところだった。
シエラはエインズの問いかけに首をかしげながら、
「ぼーかん、って何?」
「おっと、そこからか。そうだな……悪い人というか、まあ盗賊とかそういうの」
「んっと、切り殺す?」
「そうだね、父さんの例えが悪かったね。それなら当然切り殺すよね。父さんだってそうする」
「……違うの?」
このエインズの教育方針だからこそ、シエラは今のように育ってしまったのだが――それでも教えるべきことは教えている。
父の反応を見て、シエラはエインズに問いかけた。
「重要なのは、町中ってところかな。仕事以外では、極力人を殺してはいけないよ」
「えっ、そうなの?」
それはすごいことを聞いた、という表情でシエラがエインズを見る。
エインズが人としての根本的な常識を教えようと思ったのは、シエラと別れる少し前のことだった。
「そうさ。必要に応じて切り分ける必要がある」
「切り分ける?」
シエラがエインズと同じ《赤い剣》をぶんぶんっ、とその場で振りまわす。
「その切り分けるじゃなくてね……剣で制圧するのはシエラには難しそうだから、この戦争では一ついい技を教えてあげよう」
「技? 剣術じゃないの?」
「剣術はもう十分に父さんに並ぶからね。誇っていいよ」
話している二人の前に、鎧を着込んだ兵士達が近づいてくる。
ザッ、ザッと足音が大きくなってくるが、二人は逃げる素振りも見せない。
エインズが拳に魔力を集中させる。
「! なにそれ」
興味深そうにシエラがエインズを見る。
あらゆる物事に対してあまり興味を示さないシエラだが、戦闘に関わることを教えてもらうのは好きらしい。
エインズは頷いて答える。
「よく見ていなさい、これが魔力を使った格闘術だよ」
エインズが軍隊に向かって走り出す。
当然、兵士達はエインズの存在に気付いたが、それよりも早くエインズが距離を詰める。
格闘術――と言っても、距離を詰めることができる前提ではあったが、その点については問題なかった。
シエラはすでに、エインズに並ぶほどの能力を身に付けていたからだ。
次々と吹き飛ばされていく兵士達を見て、シエラは呟く。
「切り殺すじゃなくて殴り殺すってことなのかな?」
――その発想は、後々エインズによって訂正された。
***
試験会場では、微笑みを浮かべていた学園長のアウェンダすら驚いた表情でその光景を目にしていた。
「い、今のは一体……?」
「魔力を使った格闘術……のようですが、うふふっ、規格外なものね」
驚く他の講師達に対してそう言うアウェンダ。
唯一、驚いていないのはシエラだけだったが、
「がっ、ごほっ……」
腹部を押さえながら咳き込むホウス。
それを見て、シエラは少しだけ驚いていた。
(殺さないように加減したつもりだけど、意識もあるんだ)
本来ならばここで確実に仕留めるために追撃をする――それが戦場における鉄則ではあるが、エインズから教わった格闘術は殺さないための戦闘方法。
シエラが駆け出した勢いで、先ほどまでいた場所の地面は大きく割れている。
魔物の軍勢とも、シエラ単体で十分にやり合えるだけの力を持っているのだ。
もちろん、殴る場所を間違えたり加減を間違えたりすれば相手を殺すことになってしまう。
(でも、うまくできた)
ここにエインズがいたら褒めてくれるだろうか――そんなことを考えていると、
「《ヘル・ブレイズ》……ッ」
再びホウスが魔法を発動する。
シエラの周辺の熱量が上がり、燃え盛る炎が出現する。
「ホ、ホウスさん!?」
「まだ始まった、ばかりだろうが……ッ」
息も絶え絶えの状態で、それでもホウスはシエラに対し魔法を放とうする。
(……もう一発かな)
グッと地面を踏み締めるが、その時足元の違和感に気付く。
ズブリと、足が地面へと沈んでいた。
ホウスは炎系統の他に、同時にもう一つ魔法を発動していた。
――《二重魔法》。
同系統の属性ではなく、二種の魔法を発動できるのは魔導師の中でもごく稀だ。
ホウスがそれだけの実力者であるということが、シエラにも理解できる。
シエラの踏み込みからの強力な一撃に対応するために、その動きを封じる。
足元を取られたシエラはバランスを崩した。
「食らえや……!」
もはや試験という段階にはない――そのレベルの業火がシエラを襲った。
会場内を熱気が覆い尽くしていく。
その炎はまともに受ければ火傷で済むレベルのものではないが、
「これで――なっ!?」
ホウスが目を見開く。
燃え盛る業火を振り払ったのは、その炎よりも真っ赤な剣――シエラは無傷で炎の中からでてきた。
観客席にいた講師が驚きの声を上げる。
「! あれは、《装魔術》では……!?」
「魔力を武器のように具現化させる魔法術式の一つですね。うふふっ、授業で習うような類のものではないものだけれど……」
魔力を物質化させる――それは魔法の到達点の一つだった。
エインズから教わった方法であり、それを会得するまでにシエラでも多少時間を要した。
だが、シエラにはそれを可能にするだけの才能があった。
「魔力の塊みたいなものだから魔法も切れる――そう父さんは言ってた」
「ふざけんな……ッ! 受験生のレベルじゃねえだろうが!」
毒づきながらホウスがアウェンダの方を睨む。
アウェンダは軽く首を横に振っていた。
何のやり取りかシエラには分からなかったが、
「あなたを倒すまでが試験……だったよね?」
「ッ!?」
シエラが一歩、踏み出す。
ここからでも剣を振るえばホウスを倒すことができる――だが、それでは加減ができない。
「う、おお!」
ホウスが炎の弾丸を放つ。
だが、それを軽々と切り払っていくシエラ。
その距離はもう、剣の届く距離にまで迫るほどだった。
シエラが赤い剣を振り上げる。
「ま、待てッ! お、俺の負けだああッ!」
ホウスがそう宣言すると、ピタリとシエラの剣が止まった。
ホウスの目と鼻の先に、切っ先が振り落とされた瞬間だった。
(父さんに教わった方法……役に立ってるなぁ。こうやって人は脅すって教えてもらったから)
「じゃあ、わたしは合格ってことだよね?」
「え、えっと……?」
女性試験官が困った表情をして、アウェンダの方を見る。
シエラもまたアウェンダの方を見ると、最初に出会った時のように優しい微笑みを浮かべていた。
「し、試験はこれで終了とします! 編入試験の結果は、後ほどお知らせ致しますので」
「うん、分かった」
この場では教えてくれないのか、そう思いながらもシエラは剣を納める。
魔力でできた剣は霧散して消えていった。
学力試験で不合格が確定していたシエラは――模擬試合で試験官を倒すという前代未聞の結果を出し、合格を勝ち取るのだった。