68.ローリィ、シエラに願う
ローリィは一人、人通りの少ない道を歩いていた。
きっと自分はまだひどい顔をしているのだろう――町中ですれ違った人の表情を見れば分かる。
少し歩いたところで、ローリィは力なくその場に座り込む。
(アルナお嬢様も、泣いていたな。僕のせいだ)
こうなることくらい、ローリィにも分かっていた。
アルナは誰もよりもシエラのことを大切に思っている。
ここ数日間、同じクラスにいて分かったことだ。
そのシエラに対して、たとえ殺す気がなかったとしても試すような真似をした。
アルナの怒りもよく分かるし、愚かなことをしたということも理解している。
そんなローリィに対して、カルトール家の男は優しい口調で、
「お前が迷う必要がどこにある。我々がアルナを守るのだ――私を信用しろ、ローリィ。シエラ・ワーカーは我々にとって危険なのだ。分かるだろう?」
そう言っていた。
ただ、結果的には男はカルトール家の魔法を使ってローリィを支配しているに過ぎない。
ローリィに与えられた任務は、シエラを呼び出すこと。
まだ、シエラはローリィに対して敵対していない――それはローリィにもよく分かる。
「呼び出すだけでいい、後は私達がやる」と男はローリィに命令をした。
ローリィは男とのやり取りを思い出して、一つの事実に気が付く。
(いや、そんなことが……だが、もしかしたら――)
「見つけた」
「っ!」
背後から声がして、ローリィは驚いて振り返る。
そこにいたのはシエラだった。
先ほどまではワンピースを着ていたシエラだったが、今はシャツにショートパンツという薄着になっている。
普段のシエラの服装はこうなのだろう、とローリィはすぐに理解した。
「……今更、僕に何か用か?」
「アルナが探してる、ローリィのこと」
「! アルナお嬢様が……?」
シエラの言葉を聞いて、ローリィは動揺する。
先ほど、ローリィはアルナから決別の言葉を受けたのだ。
そのはずなのに、アルナがローリィのことを探しているという。
「何故、僕なんかを……。それよりアルナお嬢様の側にいなくてどうするんだ」
「ここからなら大丈夫だよ。それより、アルナはローリィと話すって」
シエラが言うのなら、少なくともアルナはシエラが守れる範囲にいるのだろう。
それがどれくらいの距離か分からないが、近くにいるというのは分かる。
「何を話すって言うんだ。僕がお前にしたことは、許されるようなことじゃ――」
「わたしは気にしないよ」
「……! そんな簡単に、言うな。死ぬかもしれなかったんだぞ」
「あれくらいじゃ死なないから」
起伏のない声で、さらりとそんなことを言うシエラ。
死なないと断言できるのは、シエラが自身の強さをよく理解しているからだろう。
少なくとも、シエラはローリィに対して怒っていないというのはよく伝わってくる。
「いや、僕は許されないことをした。今更、アルナお嬢様の側にはいられない」
「アルナが話したがってる」
「……アルナお嬢様のことを言うのは、やめてくれ」
「アルナが会いたいって言ってるから。ローリィには会えない理由があるの?」
「それ、は……」
アルナが会いたいと言っているのなら、ローリィだって会いたいとは思う。
けれど、自身のやったことは簡単に許されるべきことではないということも理解している。
それに、今のローリィはシエラを呼び出すという命令を受けていた。
目の前にシエラがいるのならば、連れていかなければ明確な命令違反となる。
少なくとも、ローリィの実力ではシエラから逃げることはできない。
(けれど……僕の考えていることが正しいのなら――)
ローリィは一つの決意をして、シエラに言い放つ。
「……分かった」
「じゃあアルナのところに――」
「ここで、僕と戦ってくれ」
「……? どうして?」
「僕にとっては、必要なことだ。一撃だけでいい。お前の本気を、見たい」
シエラと戦ったことも、シエラが戦っている姿も見たことがある。
ローリィよりも強いということはよく分かっている――それでも、最後に確認しておきたかった。
シエラがどこまでローリィの気持ちを理解しているのかは分からない。
けれど、シエラはローリィの言葉に頷くと、
「いいよ」
そう言って、《赤い剣》を両手に持って構える。
ローリィは武器を持つことなく、ただ両の拳を握り締めて構える。
身体強化系の魔法によって、自身の運動能力を極限にまで高めた戦闘法――それが、魔導師の家系であるカルトール家を守るナルシェ家の基本的なスタイルだ。
わずかに距離を置いた二人は、十メートルほどで向かい合う。
「わたしが勝ったらアルナのところに行く?」
「……それで構わない」
「分かった」
開始の合図もなく、ただ静かに向かい合った二人は、同時に動き出した。
「――」
ローリィが拳を繰り出す前に、シエラの剣がそれぞれ、ローリィの首下と腕を捉える。
ピタリと寸前で止められたのを見て、ローリィは理解した。
(速い……本当に、エインズ・ワーカーの娘、なんだな)
本人を見たことはないが、ローリィでも相手の力量は計れる。
シエラの本気の動きは、少なくともローリィが対抗できるレベルになかった。
シエラが赤い剣を手放すと、赤い霧のようになって消えていく。
「それじゃあ、アルナのところに行こ?」
「その前に、一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
ローリィの言葉に、シエラは首をかしげる。
こくりと頷いて、ローリィは答える。
「……ああ、僕のことを友達と思っているのなら、聞いてくれないか?」
「友達……うん、いいよ」
その言葉を使えば、きっとシエラは言うことを聞くだろう――ローリィには、それがよく分かっていた。





