63.シエラ、外で勉強会をする
《ヌース大公園》は王都の敷地内にある自然の残された遊び場である。
広場には家族連れや近所の子供達が集まって遊べるスペースがあり、木々に囲われた森林地帯も静かで落ち着ける場所として人気がある。
シエラとアルナは、学園から少し離れたここで勉強をすることにしていた。
「ここにしましょうか」
アルナが立ち止まったのは、木漏れ日の差す場所。
丸太で作られた椅子や、手作りのテーブルが配置されている。
この公園の管理は王国が行っているものであり、雑に置かれているようで定期的な整備が行われている。
椅子もテーブルも綺麗だ。
シエラもアルナの言葉に従って席につく。
そしてそのままテーブルに突っ伏して――
「こら、寝にきたんじゃないでしょう」
「そうだっけ」
「朝の話! もう、勉強しにきたんでしょう。気分転換に」
「――ですが、アルナお嬢様……わざわざこのような場所でなくとも」
アルナの言葉に反応したのは、ローリィだった。
いつもの執事服ではなく、男物の革製のジャケットを着ていて、これはこれで似合っていると言える。
「いいじゃない。貴方もたまには気分転換が必要でしょう?」
「……僕にはそのような必要はありませんが」
「ローリィ」
「……なんだ」
「勉強、教えて」
シエラがそう言うと、ローリィは眉をひそめながらも小さくため息をついて頷く。
「こいつに教える方が疲れそうだ……」と呟くように言っていたが、シエラは気にしない。
実際、シエラは朝のことを忘れたわけではない。
今日は頑張れば頑張るほどにお菓子を食べられるという許しをアルナからもらっている。
この状況で、シエラが頑張らないはずもない。
「アルナ、やろう」
「あら、やる気がないのかと思ったら……準備がいいわね」
シエラが早々に勉強道具を広げたのを見て、アルナもまた頷く。
「アルナが勉強見てくれてる間に《装魔術》を教えればいいの?」
「さすがにそんな器用なことはできないでしょう……私はできないわよ?」
「そっか」
その方が効率がいいのに、とシエラは心の中で考える。
実際、シエラに魔法を教えながら勉強ができるほどの器量はない。
そもそも勉強だけでもできていないのだから。
「装魔術って……まさかあの装魔術、ですか? アルナお嬢様、いつの間にそのような……」
装魔術の言葉を聞いてローリィが驚いている。
実際、装魔術が使える人間は学園でもシエラとアルナくらいだろう。
講師にも使える人間はいるかもしれないが、少なくとも見たことはない。
「私も努力しているのよ」
「うん、アルナは努力家」
「そう、ですか。その魔法が使えるのであれば、当主様も――」
「ローリィ……その話はやめて頂戴」
「ですが……!」
「当主って誰?」
アルナの言葉を聞いて、シエラが問いかける。
アルナは嘆息しながらも、答える。
「私の父よ」
「アルナの……」
「ええ。でも、そうね……シエラにも私の家族のことはきちんと話そうとは思うの。でも、今は勉強に集中しましょう? ローリィも、いいわね?」
「……はい」
「分かった」
アルナがそう言うのなら、とシエラは納得する。
どちらかと言えば、ローリィの方が何か言いたげではあった。
それでも、深くその話を続けることはなく、シエラの勉強会が開始される。
まずは暗記――いつものようにアルナがいくつか教科書から抜き出して説明し、シエラがそれを覚えているかテストする。
いつも通りならあまり覚えないで終わるシエラだが――この日は少し違った。
「じゃあ、この公園の名前ね。由来は分かる?」
「ヌース……芸術家で、魔導師?」
「! すごいわ! しっかり覚えられるじゃない!」
アルナも初めて感じた手応えがあったのか、シエラのことをまるで子供が初めておつかいでもできたかのように褒める。
アルナにとってはそれくらいの感動があったらしい。
シエラはアルナに頭を撫でてもらい、少しご機嫌だった。
(勉強ができるとアルナが喜ぶ……)
そう、初めて認識した瞬間でもある。
そんな二人のやり取りを見て、「さすがに褒めすぎでは……?」とやや引き気味にローリィが言っていた。
普段からシエラと関わりの深いアルナだからそこの感動なのだろう。
「僕はそんなに甘くはないぞ」
「どんとこい」
「……調子に乗るのが早いな」
「いいじゃない。それくらいの方が頼もしいわ」
「それでアルナ、お菓子は?」
一問正解したくらいでお菓子を要求するシエラは明らかに調子に乗っていたが、アルナも最初くらいはいいだろうとカゴを取り出す。
「そうね……一問目の正解サービスよ」
「やった」
素直に喜ぶシエラ。
カゴのなかには色々な種類のお菓子が用意されている。
「私が用意したものもあるけれど、ローリィが作ってくれたものもあるのよ」
「ローリィが?」
「……アルナお嬢様に頼まれたからだ」
そう答えるローリィだったが、お菓子について触れるとどこか落ち着きのない様子を見せる。
シエラはお菓子を見て、すぐに一つを手に取った。
「これ、ローリィが作ったやつ?」
「っ、よく分かったな」
当てられたのか気まずいのか、ローリィは視線を逸らして答える。
シエラは特に鼻は利くが、お菓子から個人の匂いまで判別するほどではない。
シエラが感じ取ったのは、別の匂いだ。
「……」
「どうしたの、シエラ?」
「何でもない。ローリィ、ありがと」
シエラは少しそのお菓子を見つめたあと、お礼を言って頬張った。
執事というのは何でも上手く作れるらしい。
シンプルなクッキーで、甘さはやや控えめだったが、それでも味は十分に美味しいものだった。
「おいひい」
「ふふっ、良かったわね。私も一ついただこうかしら――」
「い、いえ。アルナお嬢様が食べるような代物では、ありません」
「そんなことないわよ。まあ、私はお腹空いているわけでもないから、後でいただこうかしら」
「……そう、ですね。そうしてください」
ローリィの言葉には、迷いがあった。
気になるところはあったが、シエラも特に深くは突っ込まない。
ポリポリと、クッキーを食べながらシエラは再び勉強に集中することにした。