62.シエラ、釣られる
休日になると、シエラの眠りは特に深くなる。
ルーティーンとして覚えているのか、小さく寝息を立てて遅くまで起きることはない。
もちろん、朝方に剣の練習は欠かしてはいないが。
もぞもぞと寝返りを打っては、シエラはまた寝息を立てる。
コンコン、とシエラの部屋をノックする音があった。
「シエラ、起きている?」
「……」
「シエラ?」
「……んー」
アルナの声で目を覚ましたが、小さな声で返事をしているためにアルナにも届かない。
当然のように部屋の鍵を閉めていないために、アルナが部屋の中へと入ってくる。
「戸締りはするように――まあ、いいわ。おはよう、シエラ」
「……おはよう」
眠い目をこすりながら、シエラは身体を起こす。
布団から出ると、いつものように下着姿のシエラの白い肌が露わになる。
部屋の中での格好についてはもうアルナも言うつもりはないのだろう――いつものようにシエラの後ろに回ると髪を解かし始める。
「今日は気分を変えて外で勉強するんでしょう?」
「うん、あとアルナの魔法の練習」
アルナはシエラの勉強を、シエラはアルナの魔法を見ることになっていた。
シエラがアルナに魔法を教えるという関係は続いている。
まだ安定はしないが、アルナは《装魔術》を手放してもある程度維持できるようになっていた。
それでも、まだ剣自体を十分程度維持できればいい方ではあるが。
シエラの勉強に比べると十分な進歩があると言える。
シエラは相変わらず覚えるのが苦手だった。
今日はどうやら、そんなシエラに対してアルナも秘策を用意しているらしい。
だが、シエラは中々着替えるまでに時間がかかる。
起きたばかりのシエラの動きは鈍い。
うとうととしながら、なかなかに動こうとしない。
そんなシエラの後ろで、アルナが小さくため息をつきながら、
「私は貴方の付き人ではないのだけれど……仕方ないわね」
髪を解かし終えたアルナが、そのままクローゼットからシエラの着替えの準備をする。
厳しさと甘さが両立している――ただ、甘い時は相当に甘い。
特にシエラが動かないだろうと判断すると、結局着替えまで手伝ってしまうくらいだ。
シエラの服は動きやすさを重視して、薄着なものが多いが、そもそも服のレパートリーも少ない。
「今日は……これでいいかしら」
アルナが選んだのは、服にそもそも興味のないシエラのためにプレゼントした服。
白に黒のチェックの入ったワンピース。
シエラはあまり着飾ったものは好まない――目立つような色は特に好きではなかった。
「戦場では目立つ色はダメなんだよ」というのがシエラの基本的な考えである。
もちろん、ここが戦場ではないことは本人もよく理解している。
だから、アルナの選んだものであれば多少は目立っても着ることはあった。
シエラのことを考慮してか、アルナは派手なものを選ぶことは少なかったが。
「こら、せっかく髪を解かしたのにまた横になって」
アルナが猫でも起こすかのように、シエラの両脇を掴んで起こす。
そのまま上からワンピースを着せる。
アルナがこれを選んだのは、シエラがあまり動きたがらないことも考えていたのだろう。
一応は着替えも終わったシエラだが、相変わらず眠そうなままだ。
アルナが小さくため息をつくと、
「シエラ、そんなに朝弱かったかしら? やっぱり朝の訓練が原因?」
「分からない」
「朝ではなくて放課後にしたら?」
「朝にならしておくといいんだよ」
「……二度寝したら意味ないと思うのだけれど。一先ず、朝食は食べるでしょう?」
「朝食……」
あまり乗り気ではないような感じで、シエラはその言葉を繰り返す。
さすがのシエラも、目覚めたばかりですぐに食欲が沸くわけではない。
ただ、アルナからは多少なりとも摂るようにといつも言われている。
一応、その言葉には従っていた。
「……今日はジャムパンらしいわよ」
「! アルナ、行こう」
朝食が甘い物であるという付随情報によって、先ほどまでの眠そうだった表情が嘘のようにシエラが動き出す。
シエラの好きな物をちらつかせるというのは、シエラを行動させる上で必要なものだった。
それを見たアルナが、何かを確信したように頷く。
「以前貴方が言っていたことだけれど、あながち嘘ではないみたいね」
「……? どういうこと」
「本当はあまりこういう手は使いたくないのだけれど……今日の勉強は覚えれば覚えるほどにお菓子を食べられるという方法にしようと思うの」
「覚えれば覚えるほど……。それって無限に食べられるってこと?」
「どこからその自信がくるのよ!?」
何の根拠もない自信に、アルナから突っ込みが入る。
けれど、好きな物が関わったシエラは強いということは、今の朝食だけでも十分に表れていた。





