57.シエラ、アルナに伝える
ローリィと別れたシエラは一人、寮へと戻っていた。
あれから何度かローリィからの説明を受けて、とにかくローリィが女の子であるということを匂わせるようなことは発言しないようにと念を押された。
シエラは言われたことは言わないつもりではいるが――決して口が堅いわけではない。
アルナに聞かれれば本当のことを言ってしまうかもしれない、そういうレベルだ。
ただ、ローリィの表情は真剣だった。
それだけ知られたくないことならば、シエラも黙っている努力はする。
(……窓からは入るなって言ってたっけ)
シエラは寮の前まで来ると、ふとそんなアルナの言葉を思い出す。
ここ最近は特に、アルナからして良いことと悪いことを教えてもらっている。
窓から入ることは悪いことではないが、普通はやらないと教わった。
何より、シエラの身体能力は他の人を驚かせてしまうのだと。
だから、普段の行動はアルナを見本にするようにしている。
アルナもまた、シエラの見本になっていると思うと日々の生活が引き締まるらしい。
――アルナの行動一つで、シエラがとんでもないことを覚えてしまう可能性があるのだから、当然と言えば当然だ。
寮に戻ったシエラはアルナの部屋を目指す。
シエラはまるで自分の部屋でもあるかのように自然な流れでアルナの部屋へと入っていく。
部屋では、少し驚いた表情のアルナがいた。
「アルナ、戻ったよ」
「ちょ、またノックしないで入って……」
「うん、分かった」
「……絶対分かってないでしょう。まあ、いいわ。おかえりなさい」
そうは言いつつも、アルナも部屋の鍵を閉めない辺り、シエラが来るというのが分かっているのだろう。
以前はシエラに戸締まりを注意していたのに、だ。
「それで、ローリィには服を返せたの?」
「うん、返せたよ」
「そう。あの子、突然いなくなるんだもの。カルトール家の執事だから、色々とやることもあるでしょうけれど」
「やること?」
「現状の報告とか、ね。わたしも少し前までは報告はしていたわ。今はローリィがいるからかしら……話すこともなくなったわね」
どこか遠くを見るように、アルナがそんなことを言う。
以前、少しだけアルナの家の話を聞いたことはあった。
少なくとも、カルトール家に対してアルナがよく思っていないということは分かる。
それでも彼女がカルトール家のために戦うのは、家族のためなのだろう。
「……アルナは、ローリィとは仲良かったの?」
「ローリィと? そうね、子供の頃はよく遊んだわ」
「そうなんだ」
「ええ。あの子、昔は泣き虫だったのよ。いつからだったか、『カルトール家の執事として』が口癖になって、泣くこともなくなったわね。それ以来遊んだりすることもなくなったわ」
アルナとローリィの関係は、子供の頃に遡る。
けれど、実際にこうして話すようになったのは久しぶりのようだ。
アルナの態度に反して、ローリィは随分とアルナを心配している。
「アルナは、ローリィと昔みたいに話したいと思う?」
「え? そう、ね。私もできれば仲良くしたいとは思うけれど……難しいと思うわ。あの子はどこまでも、カルトール家に属する者だもの。古いしきたりとでも言えばいいのかしら。そういうものに縛られて……って、その点については人のことは言えないわね」
アルナが笑顔を浮かべて言う。
けれど、シエラにはアルナが無理をしているというのは分かった。
――難儀なもので、シエラにはアルナが無理をしている理由は分かるのだが、どうしていいか分からない。
ローリィもまた、アルナと仲良くしたいと思っているだろう。
けれど、ローリィには女の子であるという事実は伏せるように言われている。
護衛という名目以外では、アルナの近くにいるつもりもないようだった。
(二人とも仲良くしたいならそうすればいいのに)
シエラはどこまでも純粋だ。
色々なしがらみがあったとしても、それを踏まえた上で仲良くすればいいと考えてしまう。
シエラが何かに悩んでいるのを感じ取ったのか、アルナが口を開く。
「シエラ、ローリィの話ばかりするけど、何かあったの?」
「わたしはアルナがローリィと仲良くなりたいなら、なってほしい」
「……貴方はいつも変わらないのね。そういうこと、真っ直ぐ言えるのは素敵なことよ。……そうね、貴方がそう言うのなら、頑張ってみるわ」
「! ほんと?」
「ええ、約束するわ」
簡単なことだった――シエラはシエラの思うことを、ただアルナに伝えればいい。
そうすれば、アルナも答えてくれる。
それなら、ローリィにも同じように伝えるべきだろう。
そう考えていると、ふとアルナが思い出したように口を開く。
「そう言えば……今回の件で色々あったから忘れそうだったけれど、もうすぐ試験があるわ。しっかり勉強している?」
「……試験?」
当たり前のように、シエラは首をかしげた。





