56.シエラ、疑問に思う
シエラの言葉を聞いて、ローリィが言葉を詰まらせる。
やっとのことで絞り出したのは、
「な、ど、どこにそんな証拠がある……?」
そんな言葉だった。
普通に否定すれば良かったのだが、シエラの突然の言葉に動揺してしまったのだろう。
それは態度にも表れている。
視線が泳ぎ、すぐに別の言い訳を考えているようだった。
「色々あるけど」
「その色々の内容を聞いているんだ!」
「動き、仕草。人間的な特徴は男女でも顕著に出る。性格どうこうの問題じゃなくて、骨格とか構造の問題」
「なん、だって……」
シエラの返答が予想外過ぎたのか、ローリィは動揺を隠せないままでいた。
考えていた言い訳も意味をなさないのだろう。
人間的――そう言葉にしたが、それは魔物でも変わらない。
生物の特徴は男女でも差が出るのだ。
およそ普通の人間には分からないような差でも、特にローブなどで姿を隠していなければ分かる。
ローリィはあくまで、男装をしている女の子であるということが。
「あと匂い」
「匂い……!?」
追加情報でぽつりと呟いた言葉だったが、余計にローリィを驚かせた。
慌ててローリィが自身に匂いを嗅ぎ始めるが、ハッとした表情でシエラに反論する。
「……って、そんなのが証拠になるか! 全部お前が言っているだけだろう!」
「そうだけど。聞かれたから答えただけ」
「な、ぐ……い、いいだろう。そこまで言うなら、確認してみろ!」
「確認……?」
ローリィが指したのは自身の下半身。
もはや言い訳という言い訳がひねり出せない状況に、ローリィが出した苦肉の策だった。
「そうだ。僕が男であるという証拠はここを見れば――って、な、何してるんだ!?」
シエラは特に迷うことなくローリィの服に手をかける。
その行動がまた予想外だったのか、ローリィは慌てた様子で抗議する。
「や、やめろ! 本気でやるやつがいるか、バカ!」
「……別にバカじゃない。確認しろって言うから」
「そ、そう言えば誤魔化せると思ったから……や、やめろ! 分かったから! 認める! 認めます!」
およそ女の子とは思えない力をシエラは持っている。
ローリィが全力で抵抗したとしても、シエラは止められなければローリィの身ぐるみを剥がすくらい難しい話ではなかった。
ぐったりした様子でその場に崩れ落ちるローリィ。
強気で確認しろ、と言えばさすがに引き下がると思ったようだが――シエラには全く意味のないことだった。
涙目になりながらも、ローリィは一度深呼吸をして立ち上がる。
「……僕のことは、アルナお嬢様には言っていないな?」
「……? 言ってないけど、アルナは知らないの?」
「知らないさ。僕は男として育てられてきたんだ」
「そうなんだ」
「アルナお嬢様から、家のことは聞いてないのか?」
「少しは聞いたよ。ただ、あまり詳しくは聞いてない」
シエラも興味がないわけではない。
ただ、アルナが話そうとしないのであれば、シエラも深くは聞こうとはしない。
アルナが嫌がるようなことは、シエラ自身しないからだ。
「当然、か。アルナお嬢様の状況を考えれば。確かにこれは家の問題でしかない」
「ローリィが女の子なのに男だって言ってるのも?」
「そういうことだ。僕は何も、好きでやってるわけじゃない。ナルシェの家はカルトールに仕えてきた。執事として、そして当主をお守りする役目を負うことができるのは男だからな」
「……そうなの?」
「ああ、そういう家の決まりだ。普通の人間からしたらおかしい――だが、お前は普通じゃないか」
すっかりローリィの話し方は敬語でもなくなっていた。
普段がそういう話し方なのかもしれない――ただ、それはローリィとシエラの距離が近づいたわけではない。
むしろ、逆だった。
「とにかくだ。僕が女であるということは、アルナお嬢様にも、他の奴にも絶対に言うな」
「言わないのは別に構わないけど、なんで?」
「聞いてなかったのか! 僕が男としてでなければ、アルナお嬢様の近くにいられないからだ!」
「それがよく分からない。別に男でも女でも、アルナの近くにはいられるよ」
「……っ! そんなこと、できるならとっくに――いや、いい。とにかく、言わないでくれればいい。頼む」
ローリィがシエラに向かって頭を下げる。
シエラ自身は、別に言うつもりなどない。
人の嫌がることをするのは戦場だけでいい――それがシエラの基本の一つだ。
ただ、引っかかることがないわけではない。
シエラには他人の家のしきたりなど、到底理解できるものではなかったからだ。
やりたければやればいい、やりたくなければやらなければいい――そういう考えが、シエラの根底にあるからだろう。
ただ、そういう考えがありながらも、シエラはどこまでもエインズの教えに従っている――それが間違いないと思っているからだ。
「うん。別に言うつもりはないよ」
「……助かる。僕は、お前の実力は認めているつもりだ。お前がいなければ、アルナお嬢様も、守れなかっただろう」
「でも、バカじゃないよ」
「え?」
「わたしは別にバカじゃないよ」
「……意外と根に持つタイプなのか。すまなかった、謝罪する」
「うん、いいよ」
繰り返せば繰り返すほど余計にバカっぽく見える――そういうところは一切気にしないシエラだった。
ローリィが女の子であったという事実は、シエラの中にだけしまっておく。
「じゃあ、アルナのところ行こう?」
「……いや、お前本当に大丈夫か?」
今までのやり取りは何だったのか、というくらい自然な流れでシエラはローリィを誘う。
物凄く不安そうな表情で、ローリィはシエラを見るのだった。
活動報告などにも記載させていただきましたが、書籍化が決定しました!
今後の情報については活動報告とtwitterの方で報告させていただきます。
今後とも宜しくお願い致します!





