55.シエラ、ローリィと話す
夕暮れの頃、アルナと共に学園に戻ったシエラは校門付近で待機していた。
ローリィからは、アルナと共に先に帰るように言われていた。
だから戻ってきていたのだが、シエラはそのローリィの帰りを待つ。
校門から入るとすぐに、杖を掲げた銅像が飾られているのだが、シエラはその銅像にもたれ掛かるように寝転んでいた。
そんなシエラの耳に、足音が届く。
「ローリィ?」
「……足音は消したつもりでしたが」
「うん、小さい足音だった。すごいね」
「……お世辞はいりませんよ。あなたに気付かれた時点で、僕もまだ修行不足です」
シエラは身体を起こす。
そこには、呆れた表情でシエラのことを見下ろすローリィがいた。
「まさかとは思いますが、ずっとここで待っていたのですか?」
「うん」
頷くシエラに、ローリィは「はあ」と大きくため息をつく。
寝転んでいたからだろう――落ち葉や土でシエラの服は汚れてしまっている。
シエラの横には、紙袋に入ったメイド服があった。
「あ、これ。ありがと」
「構いませんよ。まさか、これを返すためにここで待っていたわけではないですよね?」
「それもあるけど、ただ伝えたいことがあったから」
「……伝えたいこと?」
ローリィの問いかけにシエラがこくりと頷く。
シエラは意識的に笑ったりすることは苦手だった。
どう表情にしていいか分からない――だから、シエラが笑顔を向けるときは、いつも自然体なのだ。
シエラは、ローリィに対して微笑みかけて、
「アルナを守ってくれて、ありがと」
「っ! それを、伝えるためにわざわざ……?」
「うん」
ローリィを待っていたのは、シエラが戦っている間にアルナを守ってくれたローリィにお礼を言うためだった。
感謝の気持ちがあればそれを伝える――シエラはいつだってそうやってきた。
ローリィは驚いた表情をしていたが、一度咳払いをすると普段通りの表情に戻る。
「……別に、あなたに礼を言われる筋合いはありません。僕は僕の役目を果たしただけですから」
「うん、でもありがと」
「……なんで、そんなこと……」
「……? どうしたの?」
「っ、なんでもありません。とにかく、礼は不要です。あなたもご苦労様でした」
素っ気ない態度で、ローリィが答える。
シエラからメイド服の入った紙袋を受け取ると、寮の方角を眺めた。
「アルナお嬢様のご様子は?」
「……? いつも通りだよ」
「そう、ですか」
シエラの言葉を聞いて、安堵した様子を見せるローリィ。
アルナのことになると、ローリィは柔らかな表情を見せる。
出会った時は、アルナが嫌がっていたから悪い人なのかもしれないと認識していたが、実際に話してみるとそんなことはない。
ローリィはどこまでも、アルナのことを大切に思っているのだ。
それが何故、シエラへの敵対意識に繋がるのかは、シエラには分からなかったが。
「わたしに聞かなくても、ローリィが会いに行けばいいよ」
「……できるわけないでしょう」
「なんで?」
「あなた、僕より早くに入学しているのに校則も理解していないんですか? 確かに学園内の施設には出入りはある程度自由とされていますが、男子が女子寮に入るのには許可が必要なんです」
ローリィが淡々と校則について述べていく。
シエラはそれをしっかりと聞いた上で、答えた。
「うん、だから会いに来ればいい」
「……少しは人の話を聞けと言っているんだ」
ローリィの口調がきつくなる。
基本的には敬語で話すローリィも、シエラに対しては話し方が変わることは多かった。
そのままの口調で、ローリィは続ける。
「僕は男。カルトール家の執事だ。そうでなくても、それくらいの良識はあるぞ」
ローリィの言っていることは、シエラにも分かる。
以前勝手に男子寮に行ったことが見つかって、シエラも怒られたことがあるからだ。
怒られるごとに、シエラは行っていい場所と悪い場所を把握していた。
その上で、シエラはローリィに思っていたことを伝える。
「よく分からないけど、なんでローリィは女の子なのに男って言ってるの?」
「だから――は?」
シエラがぶつけたそんな疑問に、ローリィは驚愕に満ちた表情を見せるのだった。





