54.それぞれの思惑
塔の外で待機していた騎士達が襲撃に気付いたのは、シエラの一撃があってからだった。
塔の周辺を警護していた騎士達だが、塔の近くには配置されていなかった。
ローリィやシエラと共に出てきたアルナは、騎士達に保護されるような形になるが――
(警備の配置……それに、あのタイミングでの襲撃なんて)
どう見ても、リーゼからの差し金のようにしか思えなかった。
それはそうだ――彼女は騎士を統べる者の娘。
騎士の配置から会場の警備まで、やろうと思えばいくらでも変えられる可能性がある。
(けれど……)
それを、騎士達が認めるかはまったく別の問題だが、気になるのはリーゼの後ろに控えていた騎士、フィリス。
若いながらも相当上の地位にあると思われる彼女がリーゼを守る以上、騎士達もまたリーゼの意思に従うのではないだろうか。
そんな中、塔から少し離れたところで、リーゼとフィリスの二人が待ち構えていた。
「ご無事で何よりですわ」
「……おかげさまで。メルベルさんは?」
「さあ。お声掛けはしたのですけれど、さっさと逃げられてしまいましたわ。むしろ、貴方達が正直にわたくしの前に現れるとは思いませんでしたけれど」
「……っ!」
リーゼの言葉に、アルナとローリィが身構える。
ローリィに至っては臨戦態勢だった。
そんな二人の後ろで、シエラだけが警戒する様子もなくリーゼとフィリスの方を見ていた。
くすりとリーゼが笑う。
「うふふっ、冗談ですわ。今日はお話だけ……そういうことですものね?」
リーゼがそう言うと、ひらりと身を翻してアルナに背を向ける。
戦う意志などないと示しているのだろう。
「馬車で送らせますわ。今日は少しの時間ですけれど、有意義に過ごせましたわ。それでは、またの機会に」
リーゼはそう言い残して、フィリスを連れて去っていく。
(……ここで襲わないのは、塔の件が自分達の責任ではないと証明するため……?でも……)
――騎士であるはずのフィリスがアルナやメルベルを守らなかったのは、当然主であるリーゼを優先したからだろう。
あるいは、あそこで継承権を放棄すると言っていたのなら、リーゼを含めフィリスもあの場に残ったのかもしれない。
結局のところ、何もかも憶測でしかない。
ただ、今のアルナにとっては騎士を含めてリーゼは明確な敵にしか見えないということだった。
王位継承権を持つということは、騎士を従えるリーゼと敵対するということ。
彼女はそれを今回示したのかもしれない。
(それでも、私は決めたもの)
アルナは振り返り、シエラの方を見る。
シエラはあれだけの戦いがあった後でも何も変わらない。
アルナの視線を受けて、いつものように起伏のない表情で言う。
「どうしたの?」
「……何でもないわ。でも、貴方のおかげで助かったもの。ありがとう」
「うん。いいよ」
「ローリィ、貴方も――ローリィ?」
アルナはもう一人、自身を守ってくれた人物へ感謝の言葉を告げようとした。
だが、その場にはすでにローリィの姿はなかった。
***
鎧姿の少女騎士――フィリスを連れて、リーゼは一人馬車へと向かっていた。
襲撃があった後だというのに、落ち着いた仕草で道を歩く。
「……よろしかったのですか?」
ふと、後方のフィリスからそんな問いかけがあった。
リーゼは振り向くことなく、問い返す。
「何がかしら?」
「分かっておいででしょう。先の件――間違いなく我々によるものだと疑われますが」
「ああ、そのこと。そのことでしたら、別に構いませんわ」
「……というと?」
「うふふっ、わたくしの戦力が、たとえ偽りだったとしても増えることに越したことはありませんもの。もっとも、わたくしがそこまで浅慮だと思われるのは癪ですけれど、メルベルやアルナさんの後ろにいたあの子は気付いていたと思いますわ」
「あの娘……シエラと呼ばれていましたね」
「ええ、真っ白い子。とても純真そうで……それでいて強い子のようですわね。ああいう子は、わたくしとしても仲良くしておきたいところなのですけれど」
「確かに実力はあるようです。あの人形の数を一人で葬ったのですから」
「そうですわね。逆に言えば、いきなり手の内を晒しすぎたとも言えますわ。そのための会合でもあるのですけど」
元々――襲撃はリーゼによるものではない。
突発的な事件であり、実際他の騎士達にはすでに調査を命じてある。
あの場においては、リーゼにも危険があったと言える。
それでも余裕であったのは、彼女の傍にフィリスがいたからだ。
「フィリス、貴方でもあの子に勝つのは難しいかしら?」
「まさか」
リーゼの問いかけに、フィリスは表情を変えることなく答える。
「私は貴方の騎士です。私は貴方のために戦い、そして必ず勝つ――この《聖騎士》の名において、誓いましょう」
「……うふふっ、期待していますわよ」
フィリスの答えを聞いて、満足そうに笑みを浮かべるリーゼ。
主とその従者の騎士は、二人でその場を後にした。
***
「あ、あの……メルベル、様。もう、大丈夫、です」
「んー、そうかい――って、随分と離れちゃったね」
ウイの言葉を聞いて、メルベルが動きを止める。
ウイを抱えたまま、メルベルは遠く離れた塔の方を振り返る。
「さてさて、本当なら一発やり合ってもよかったんだけどねぇ」
「な、なら、なんで……?」
「あははっ、あたしはどうにも抑えが効かないからね。それに、あのメイド――まともにやり合えばあたしでも勝てるかどうか分からないさ」
「そ、そんなことないですっ」
メルベルの言葉を否定したのは、いつになく大きな声を出したウイだった。
少し驚いた表情で、メルベルはウイを見る。
顔を赤くして、みるみる萎縮していく。
「う、うぅ、すみません。いきなり声を出して……でも、メルベル様が負ける、なんて」
「そうだね。あたしは最強だから誰にも負けないさ。そう――今回ばかりは、少し頑張ってみようと思ったからね」
メルベルはそう答えて、ウイの頭を優しく撫でる。
恥ずかしそうにしながらも、ウイはどこか嬉しそうだった。
そんなウイに、メルベルは問いかける。
「それなら、あんたは勝つ自信はあるか?」
「じ、自信……というか、わたしは負けない――負けることができない、ので」
はっきりとそう宣言するウイ。
自信のない発言と態度とは裏腹に、メルベルはまた楽しそうに笑うのだった。
***
ローリィは一人、アルナとシエラから離れていた。
騎士達の目も掻い潜り、人気のないところに立つ。
「どうだった?」
そんなローリィに、すれ違い様に話しかける男がいた。
ローブに身を包んだ男の問いかけに、ローリィは淡々と答える。
「塔の内部で奇襲がありました。犯人は不明……ですが、可能性だけならクロイレン家の差し金が濃厚。ただし、証拠はありません」
ローリィは簡単に、塔であった出来事を伝える。
それを聞き終えた男は、「そうか」と一言答えてその場を去ろうとする。
「……っ! 待ってください! 以前にもアルナお嬢様が襲われたことがあったのでしょう!? それだけなのですか!」
「ああ、それだけだ」
ローリィの言葉にも、その一言だけで男は終わらせる。
ローリィはその答えを聞いて、表情を曇らせた。
それでも、ローリィは再び口を開く。
「待――」
「お前はただ、カルトール家の指示に従え」
「――っ!」
男の言葉を聞いた途端、ローリィが左目を抑える。
それは激痛――視界に浮かび上がるのは《方陣術式》。
あらゆる面でローリィの行動を縛る呪いが、発動した。
結局、何もできずにローリィはその場に膝をつく。
「僕、は……ただ……」
その先の言葉を、いつまでも言うことができない。
一人では守れなかった――あの塔の中では、シエラがいたからアルナを守れたのだ。
その前だって、シエラがいなければ、もうアルナはこの世にいなかったのかもしれない。
(それなら、それでいい、はずだ。それなのに――っ!?)
「誰だ!?」
ローリィが苦しみながらも振り返る。
確かに人の気配があった。
だが、そこには誰もいない。
周囲を確認しても、すでに気配は感じられなかった。
「気のせい、か。クソ……僕は何をやってるんだ」
ローリィは自身に悪態をつきながら、よろよろと歩き出す。
そんなローリィの姿を、見送る――黒い影の姿には気付かずに。





