51.アルナとお茶会
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
何故か騎士の格好であるフィリスが紅茶やお菓子を用意していた。
自然な流れでそれを手伝ったのはローリィとウイ。
フィリス以外は執事服と、一応メイド服なのである程度様にはなっていた。
ただ、同じ《王位継承者》であるリーゼとメルベルの視線の先にいるのはアルナの背後――ちらりとアルナも振り返る。
そこには、人形のように棒立ちしているシエラがいた。
(確かに後ろで静かにしていればいいと言ったのは私だけれど、まさか逆に目立つことになるなんて……)
考えれば単純なことだ――シエラがメイド服を着ていたとしても、メイドらしいことができないのは分かっている。
だからこそ、後ろで待機しておけばいいという話だったのだが、こういった付き人らしいイベントが発生するのは想定していなかった。
特に、リーゼからは鋭い視線が向けられている。
「ふふっ、随分と可愛いらしいメイドさんだこと」
「あ、ありがとう」
くすりと笑いながら言うリーゼに、何故かお礼で返すことになるアルナ。
リーゼが単純にシエラを褒めたわけではないということは分かっている。
明らかに、護衛として傍にいるシエラに無理をさせているというのが丸分かりだった。
(いいのかしら……?)
アルナとしては学生服で行くのは不味いという認識があった。
学園に迷惑をかける可能性など、色々考慮してのことだが――
(でも、シエラはいつも通りの服装の方がよかったかもしれないわね……)
このように目立ってしまうくらいならいっそ、いつも通りの方がシエラとしても楽だっただろう。
そう思いながらも、今はただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
しばらくして、リーゼが話を切り出した。
「さてと、そろそろお茶の準備もできたことですし……お話を始めましょうか」
「話って言ってもよ、あたし達ってこうして顔合わせて話したこともないわけだろ? 何を話すっていうのさ」
「うふふっ、そのためのお茶会ですのよ。メルベルさんはこういう機会があまりなかったのかしら?」
「ないね。話すなら拳でも剣でも交えるのが一番さ」
「……それはそれでどうかと思うけれど……」
(シエラがまた反応しそうな……)
メルベルの言葉に突っ込みを入れつつも、気になるのは後ろのシエラのことだった。
先程もシエラがメルベルの言葉に反応していたのも、アルナは気付いていた。
『静かにしている』行為自体はきっと得意なのだろうが、シエラはそれ以上に好奇心旺盛だ。
気になることがあれば何でも聞くし、試しにやってみるというのがシエラのスタンスだ。
それで大体できてしまうところが、またすごいところでもある。
「アルナ」
「! どうしたの?」
シエラが小声で話しかけてきた。
この雰囲気の中、よく静かにしていた方だろう。
もちろん、アルナもシエラに無理をさせるつもりはないが、『メルベルと戦ってみたい』とか言われるとさすがのアルナでも困ってしまう。
シエラがちらりとテーブルの方を見ながら、真剣な表情で聞いてきた。
「お菓子食べてもいい?」
「え、そっちなの!?」
アルナは思わず声を上げて突っ込みを入れてしまう。
目の前に並べられたのは、確かに豊富な種類のお菓子類――シエラとしては、そちらの方が我慢できなかったようだ。
「な、お前……!」
「静かにしてたらお菓子は食べてもいいのかなって」
「ずっと静かにしていろって話だ!」
「ロ、ローリィ、もういいから」
怒るローリィをなだめるアルナ。
アルナの言葉を聞いても、ローリィの怒りは収まらなかったが、
「しかし――あ」
状況を見て、ローリィはそんな間の抜けた声を漏らした。
リーゼやメルベルだけでなく、その後ろに待機していたフィリスやウイも、驚きの表情でアルナ達を見ている。
アルナは慌てて取り繕おうとする。
「えっと、これは、その……」
「あははははっ、いいんじゃないの? あたしはそーいうの好きさ。自由奔放ってやつ? どうせあたしもウイにお菓子を食べさせるつもりだったし。ほら、食べな」
「え、ええ!? で、でも……」
「普段いっぱい食べる癖に何遠慮してんのさ」
「あ、うぅ……そ、それは言わないでください……!」
メルベルにそう言われて、恥ずかしそうに俯くウイ。
だが、しっかりとお菓子には手を伸ばしていた。
そんな状況を見て、リーゼも笑みを浮かべる。
「うふふっ、フィリスも食べる?」
「いえ、私は……」
「わたくしが許可しますわ」
「……では、お一つ」
何故か後ろに控えている者にもお菓子を食べさせるという流れになってしまう。
シエラもまた、アルナの指示を待っていた。
(『待て』って言われた子犬みたいな……シエラって動物みたいなところあるのよね)
そんなことを考えながら、アルナは自身の前に置かれたお菓子をシエラへの手渡す。
「はい、食べ過ぎたらダメよ」
「わかった」
「ローリィもいる?」
「……僕は結構です」
そう答えて頭を抱えるローリィ。
リーゼの言うお茶会がどういうつもりのものであったか分からないが、ある意味ではお茶会として成立してしまっていた。
「うふふっ、随分と和やかな雰囲気になってしまいましたわ」
「ええ、そうね」
「いいんじゃないの。まどろっこしい話なんて面倒なだけだしさ」
「そうですわね。それならわたくしも単刀直入に言わせてもらいますわ。お二人とも、《王位継承権》を放棄するおつもりはあるかしら?」
「っ!」
リーゼの言葉に、その場にいた者達はみな一様に驚いた表情を浮かべていた。