50.王位継承者
騎士に案内されて、塔の中へと入る。
シエラはアルナとローリィの後ろにつくようにして歩いていた。
「これがイゼルの……中を見るのは初めてだわ」
「古い建物だということですが、きちんと整備されているようですね」
アルナとローリィがそんな感想を漏らす。
シエラも、周囲を確認した。
多くの装飾品が目立つように配置されているが、煌びやかという印象はない。
むしろ、どれも地味に見えるくらいだった。
一階にあるものはあくまで飾りなのだろう――食器類も棚の中に置かれているが、使用されている形跡はない。
一階には入り口が三つ、階段は螺旋状に続いており二階、三階と上れるようになっている。
中心部には塔の芯となる柱が存在している。
太く大きな柱は見上げると、塔の頂上にまで続いていた。
途中、柱と建物を繋ぐ支柱がいくつか見えて、何かの模様にも見えるデザインになっている。
天辺の一部がガラス張りになっているためか、射し込む太陽の光で塔の中は比較的明るかった。
「ご存知かとは思いますが、パーティなどでも使用されることのある場所ですので。さ、こちらです」
騎士の案内の下、三人は歩き出す。
王国に仕える騎士達は、全員が帯剣していた。
王都で騎士を見かけると基本的には剣を携えているが、この塔の周辺にいる騎士達は重装備をしている。
武器を持っている時点でシエラは警戒していたが、敵意のないことを悟るとすぐに別の気配を探る。
(上の方に何人かいるのかな)
シエラはすぐに人の気配を感じ取った。
塔の周囲には人の気配は感じ取れたが、塔の中ではほとんど感じられない――だからこそ、上の方にいるというのは分かる。
おそらく最上階の付近の部屋だろう。
「何階になるのかしら」
「一番上だよ」
「え?」
「塔の最上層の付近ですね」
「あ、ありがとうございます」
アルナが騎士に問いかけたのに、先にシエラが後ろから答えたために少し驚いた反応になっていた。
当のシエラは素知らぬ顔で周囲を確認する。
階層ごとに大きな違いはなく、案内されるままにシエラ達は最上階へとたどり着いた。
「こちらです」
「あら、ようやく三人目のご到着?」
「待ちくたびれたね。あたしなんて一番最初から待ってたってのに」
騎士が扉を開くと、そんな声が耳に届く。
部屋の中に待機していたのは四人の人物だった。
一人は赤いドレスに身を包んだ少女で、アルナよりも少し暗いブロンドの、ややウェーブのかかった髪質をしている。
見定めるような視線を、シエラ達に向けている。
もう一人は長い黒髪を後ろで三つ編みに編んだ女性だった。
赤いドレスの少女やアルナに比べると少し年齢は上のようだが、椅子に腰かけているところを見るに、アルナを含めてこの三人が《王位継承者》ということになるのだろう。
「アルナ・カルトール様が到着されました」
「分かった。お前は下がっていい」
「承知致しました、フィリス様」
騎士の言葉に答えたのは、赤いドレスの少女の背後に構える鎧に身を包んだ少女――フィリスだった。
硬い口調をしているが、シエラやアルナとはそれほど年齢が離れているようにも見えない。
何より明らかに年齢が上である騎士に対して、命令口調で話していた。
少なくとも、フィリスと呼ばれた騎士姿の少女が普通の立場ではないということが分かる。
そんな中、赤いドレスの少女が口を開いた。
「カルトール家の……ご令嬢、お久しぶりというところですわね」
「リーゼ・クロイレン、さん」
「うふふっ、そんなに緊張する必要はなくてよ。わたしくと貴方は対等な立場なのですし、ねえ?」
赤いドレスの少女――リーゼは後方に待機するフィリスに問いかける。
フィリスはこくりと頷いて答えた。
「はい、リーゼ様の仰る通りです。ここにいる王位継承者は皆対等な立場にあります」
「それは、分かっています」
アルナがそう答えて、席に着く。
少なくとも、先ほどの騎士よりも上の立場にある人間だということは分かる――アルナの口調からしても、敬意をはらっている様子だった。
だが、場の雰囲気に慣れていない感じは、アルナからよく伝わってくる。
シエラは改めて状況を確認する。
用意されているのは五つの席だが、今いるのはアルナとリーゼにもう一人――
「ん、あたしの紹介も必要か?」
そう言ったのは黒髪の女性だった。
やや露出度の高い黒服に身を包んだ女性は、アルナやリーゼと違ってドレス姿ではない。
どちらかと言えばシエラの私服姿に近いものだった。
動きやすさを重視したもの――話し方や雰囲気からしても、他の二人とはどこか違う。
「メルベル・ロックフィールズさん、ですよね?」
アルナが問いかけると、メルベルは笑顔を浮かべて答える。
「正解だ。これならあたしの紹介はいらんね。ウイ、あんたは自己紹介しといたら?」
「ひえっ、わ、わたしですか……!?」
メルベルのすぐ後ろで待機していたのもまた、少女だった。
栗色の前髪が長く、両目が隠れてしまっている。
ウイと呼ばれた少女は驚いた様子であたふたとしている。
服装は今のシエラの着ているメイド服に近かったが、革製でできたものでこちらもまた露出度が高い。
そんなウイの様子を見て、メルベルがまた笑う。
「あっはっはっ! 冗談さ、ウイ。あんたはいっつも怯えてばかりだ」
「う、うぅ……す、すみません」
この場にいるのはそれで全員だった。
シエラとローリィはアルナの後ろに待機する形になる。
「これで全員揃いましたわね」
「全員……? 継承者は五人のはずでは」
リーゼの言葉に、ローリィが問いかける。
それに答えたのは、リーゼの後ろに立つフィリスだった。
「二人は欠席だ。今回の会合にはリーゼ様、アルナ様、メルベル様の三人ということになる」
「そういうこと。うふふっ、顔を合わせる勇気のない臆病者ということですわ」
くすりと笑いながら、煽るような言い方をするリーゼ。
今回の会合は護衛を含めると、ここにいる七人が参加者ということになる。
「ところで、アルナさん。貴方の連れている執事とメイド……まさかその二人が護衛?」
リーゼが視線を向けたのは、シエラとローリィだった。
この場において少女とはいえ――護衛らしい姿をしているのはフィリスくらいのものだ。
メイド服と執事服を着たシエラとローリィは、普通に見ればただの使用人にしかならない。
「ええ、その通りよ」
「そ、随分と頼り甲斐のある組み合わせですわ。メルベルさんとは大違いですこと」
そう言いながら、リーゼはメルベルの方に視線を向ける。
「す、すみません……っ」
「うちはあたしが最強だからいいのさ」
(! 最強……?)
その言葉にシエラが反応する。
だが、すぐにアルナの言葉を思い出してシエラは黙ったまま動かない。
自分でそう言うくらいだから自信があるのだろう――シエラが特に興味を示す相手は、いつだって強い相手だ。
「大した自信ですわね。その点わたくしの――」
「リーゼ様、そのくらいに」
リーゼの言葉を遮ったのは、その護衛であるフィリスだった。
少なくとも、フィリスはこの塔の近辺を警護している騎士とも関わりがある。
リーゼのどこか余裕のある態度は、そこからもきているのかもしれない。
「そうですわね、フィリス。貴方の言うことが正しいわ。……と言っても、今日はあくまで継承者同士のことを知る場ですものね。一先ず、お茶にでもしましょう?」
煽りの姿勢から一転――そんなリーゼの提案から会合が始まることになった。
(……全員女の子だ)
シエラは、心の中でそんな感想を漏らしたのだった。