49.集う場所
その時がやってくるまで、それほど長い時間はかからなかった。
シエラとアルナ、それにローリィを乗せた馬車が止まったのは――《イゼルの塔》の前。
学園から馬車でも一時間はかかる距離にあり、早朝から準備をしてここに向かってきた。
先に降りたのはアルナとローリィだった。
ローリィは普段と変わらぬ執事服――ローリィの正装だ。
もう一方、アルナは青いドレス姿だった。
目立つ色ではなく、アルナの性格に合った謙虚なデザインだと言える。
それでも、胸元や足元を気にしながら、アルナはローリィに問いかける。
「……わざわざこの服装である必要は――」
「あります」
「……そうよね」
ローリィの即答に、アルナもため息をつきながら答える。
アルナも理解した上で、問いかけたものだった。
ドレスを着る時は、アルナにとってはあまり良い思い出がなかった。
カルトール家の娘としての、役割をこなさなければならないからだ。
そして、まさにアルナはカルトール家の娘として――《王位継承者》としてここに立つ。
「前に来たことはあるけれど、改めて見るとなかなか迫力があるわね」
見上げながら、アルナが呟く。
《安寧の女神》イゼル――この塔はその女神の伝説の名を取り、国の安寧を願って作られたという。
塔自体が作られたのは初代の王の時代であり、建造物としては古い歴史を誇る。
それこそ、授業でも名が出るようなものだ。
その歴史ある建造物は王族に関わる者が利用することになるのだが、そこに今からアルナが入ることになる。
「アルナお嬢様、僕から離れないようにお願いします」
ローリィが、騎士を見ながらそう言った。
塔の周囲には、鎧に身を包んだ騎士達が数人見られたが、ローリィは警戒している様子だ。
この日に会合があるということを知っている者はごくわずかにしかいない。
だが、そのごくわずかには王位継承に関わる者全てがいることになる。
どこから仕掛けてくるのか分からないということだろう。
「分かっているわ。シエラ、そろそろ大丈夫?」
「ん、今行く」
馬車の方に向かってアルナが声をかけると、ようやくシエラが下りてきた。
黒を基調とした服に、白のエプロン。
特徴的なロングスカートをふわりとなびかせて、シエラが馬車から降り立つ。
――メイド姿のシエラが、そこにいた。
「お待たせ」
「きちんと結べたの?」
「うん、完璧だよ」
「どこがだ! 固結びじゃないか!」
シエラの答えに、ローリィがそう突っ込みを入れる。
普段誰に対しても敬語で話すローリィも、シエラに対しては口調が崩れやすい。
ここに来るまでエプロンをつけていなかったシエラが自分で結ぶというので待っていたが、背中のところで固結びにしてきてしまった。
アルナはため息をつきながら、シエラの背に回る。
「わざわざお嬢様がやらなくても、僕がやりますよ」
「いいのよ。シエラは私じゃないと嫌がるから」
「……シエラさんの役割をお忘れではないですか?」
「忘れていないわ。田舎から出てきたばかりの娘、という設定でいいじゃない」
ローリィの言葉に、アルナはそう答える。
シエラの役目――それは服装の通り、アルナに付き従うメイドという役割でここにいる。
付き人としては自然な組み合わせだ。
さすがに、シエラの普段着や学生服のままここに来させるわけにもいかなかった。
もっとも、シエラ本人はローリィの用意したメイド服が嫌なのか、落ち着かない様子を見せる。
シエラ曰く、「動きにくい」とのことだった。
シエラはそもそも、ファッションなどを気にするタイプではない。
休みの日でも学生服で出歩くことが多く、私服の数も少ないことはアルナも知っている。
その服も、アルナから見て露出度の高いものが多かった。
シエラの趣味というよりは、動きやすさを重視した結果なのだろう。
「シエラさんにはただ、無言で真っ当に付いてくる役をやってもらうだけだったはずなのですが……」
「無言で付いてくることはできるでしょうけど、それ以上は望まないで頂戴」
ローリィの言葉に答えるのは、ほとんどアルナだった。
シエラと一緒にいる機会の多いアルナは、シエラがどういう人間かここ数週間で理解している。
向き不向きが極端な子なのだ。
戦いに関しては何でもできそうなシエラであるが、こういう何かの役割を果たすというのには向いていない。
ただ、アルナはそれを悪いことだとは思わない。
「さ、出来たわよ。蝶々結びね」
「ありがと」
「どういたしまして」
「どう、メイド服」
シエラがそう言って、ひらりとその場で回転して見せる。
服装についてはこだわりはないのだと思っていたアルナからすると、そう言って見せてくるのは意外で新鮮だった。
「似合っているわよ。予想通り」
「そうなの?」
「ええ。色白だし、銀髪だし……お人形さんみたいね」
「人形……」
シエラが悩むような仕草を見せる。
人形というのが、シエラにとっては褒め言葉なのか判断できないようだった。
その様子を見て、アルナはくすりと笑いながら言う。
「ふふっ、シエラは私とローリィに付いてくること。いいわね?」
「うん、分かってる」
こくりと頷くシエラ。
相変わらず素直で良い子だ、とアルナは微笑みで返す。
「アルナ・カルトール様ですね。お待ちしておりました」
アルナ達の様子を見て、塔の近辺にいた騎士がやってくる。
アルナは少し腰を落としながら、静かに礼をする。
騎士もまた、アルナに深く礼で返す。
「すでに二名の方がお待ちです。ご案内致しましょう」
「ええ、分かりました」
アルナは余裕のある表情で返す。
繕うことは、いつだって得意だった。
ここにいるのはカルトール家の次期当主であり、王位継承者であるアルナ・カルトール。
そしてその従者である執事とメイド――向かうのは、同じ王位継承者の集う会合の場。
アルナの、戦いの場でもあった。





