48.シエラの役割
放課後――ローリィに呼び出されたシエラとアルナは屋上へとやってきていた。
呼び出された時点で颯爽とアルナを抱えて逃げ出す準備をしたシエラだったが、アルナに止められてここにいる。
「今日は逃げなくていいの?」
「いいのよ。今日は会合についての話がある――そういうことでいいのよね?」
「その通りです。アルナお嬢様」
深々と頭を下げるローリィは、懐から一枚の手紙を取り出す。
手紙には大きな紋章が描かれており、非常に目立つものだった。
「この紋章は……」
「王家のものですね。先日、カルトール家に送られてきた招待状のことです。今朝方、僕の方で受け取ってきました」
「……そう」
ローリィの言葉を聞いて、アルナが受け取った手紙を開く。
シエラはアルナの隣で、その手紙を覗き込んだ。
手紙の内容は当然、《王位継承者》へ宛てたものだ。
「会合の場所は……《イゼルの塔》?」
「王国が管理する建造物の一つですね。普段は使用されませんが、王族のパーティなどで使用されることがあります」
「……一応、王族候補として扱われているってことね」
「当然です。アルナお嬢様を措いて、王にふさわしい方などおりませんから」
「……私は王になんてなるつもりはないわ。貴方もそれは分かっているでしょう」
アルナの言っていることは、シエラにも分かる。
カルトール家の次期当主となるのはアルナではなく、弟の方だと言っていた。
アルナはあくまで弟を守るための影武者――そう、シエラは聞いている。
「……確かに、御父上は弟君を当主にするおつもりでしょうね。……ですが、僕は違います。僕は、アルナお嬢様こそ、カルトール家を継ぐ者だと信じておりますから」
「ローリィ……貴方――」
「アルナのしたいことは、王様になること?」
そんなアルナとローリィの話に割って入ったのは、シエラだった。
シエラにとっては純粋な疑問だった。
これから、アルナがやりたいことを見つけてくれれば、その手助けをするつもりだった。
アルナが望むのなら、シエラはそれを手伝うつもりでいる。
シエラの言葉に、アルナはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、さっきも言ったでしょう。私はそんなことは望まない」
「アルナお嬢様!」
「……会合には行くわ。私はカルトール家から与えられた役目を果たすまで。ローリィ、貴方もカルトール家に仕える執事なのだから、それは理解しなさい」
「違います! 僕は……っ! ただ――」
ローリィが言葉を詰まらせる。
何か言いたいことがあるのだろう――だが、ローリィは小さくため息をつくと、真剣な表情でアルナを見た。
「……分かりました。会合については、あくまで顔合わせというだけです。そこで何か決め事をするわけではありませんので、参加しない者もいるかと思います」
「私は私の立場を明確にする必要があるものね。だから、行くわ」
「アルナが行くならわたしも行くよ」
迷うことなく、アルナについていこうとするシエラ。
少なくとも、その会合が安全とは限らない。
シエラという存在が、アルナにとってはどこまでも安心できる存在なのだ。
アルナがこくりと頷いて、シエラの言葉に答える。
「……ありがとう、シエラ」
「うん、任せて」
「……シエラさんの実力については僕も理解しました。貴方は、強いですね。僕よりも」
歯切れ悪く、ローリィがそんなことを言う。
シエラはローリィの方に近づいていくと、
「ローリィも強かったよ。もっと戦いたかった」
「……はあ。それがあなたの素なのでしょうね」
「酢?」
「……たぶん、違うことを考えているというのは分かるわ」
「そうなの?」
シエラの問いかけに、アルナが頷く。
だが、ローリィもアルナもそのことについては言及しなかった。
ローリィがコホンと咳払いをして話を続ける。
「シエラさんを連れていくことについては承知しました。ですが、シエラさんはどういう立場に?」
「立場? アルナの友達だよ?」
「……っ! そういうことではなく!」
ローリィの語気がやや強まる。
怒らせるようなことはしただろうか、とシエラはアルナの方を見る。
「大丈夫よ。ローリィ、シエラが怖がるからやめて頂戴」
「別に怖くないよ」
「……そうですよ、子供ではないのですから。アルナお嬢様はシエラさんに優しすぎます」
少し咎めるような口調で、ローリィがアルナに言う。
どことなく嫉妬しているような、そんな感情を露わにしている。
「まあ、手のかかる子ではあるわね」
「そうなの?」
「自覚がないところもシエラらしいわ」
シエラの問いかけを聞いて、くすりと笑うアルナ。
それに対するローリィの表情は複雑だったが、シエラの視線に気づいたのか――取り繕うように言う。
「それよりも、立場の話です。友達などではなく。僕はアルナお嬢様の執事として同行します。シエラさんはどういう立場にするのか、という話です」
「付き人としてどうするか、ということね」
「わたしも執事でいいよ?」
「意外と似合いそうね」
「……シエラさんは小柄なので、執事服は合わないかと」
「でも、ローリィも執事服だよね?」
「そ、それは……」
「ナルシェ家は代々カルトール家に執事として仕えているのよ。だから、ローリィも執事として仕えているだけよ」
言葉を詰まらせたローリィの代わりに、アルナが答える。
その言葉にローリィが続く。
「アルナお嬢様の言う通り、です。僕は執事として生まれ育てられた、それだけのことです」
「でも――」
「でもではなく……まあ、いいでしょう。特に希望もなければ、こちらで役は用意致しますので」
「役?」
ローリィの言葉に、シエラは首をかしげる。
――シエラにとっては、もっとも向いていないであろう役をすることになるのだった。





