47.シエラ、不満が残る
シエラとローリィが対峙する。
お互いに手にした得物は木剣――強く叩けば怪我をさせるくらいのことはできる。
実際に授業中に流血沙汰になったのは、シエラくらいのものだが。
ぶん、ぶんと確かめるようにシエラが剣を振る。
感覚を確かめるのは、シエラの癖のようなものだった。
一方のローリィは、材質を確かめるかのように剣に触れる。
「……シエラさんの身体能力についてはすでに把握しています。確かに、学生という身分を超えた存在だということもよく分かりますよ」
「? わたしはここの生徒だよ」
「一応、褒めたつもりなのですが……あなたという人が何となく分かりました」
シエラはローリィの言葉をそのままに受け取った。
ローリィが小さく息を吐くと、表情を変える。
シエラにもそれは感じ取れた――闘争心に満ち溢れた目をしている。
クラスメート達は、少し離れたところでその様子を見つめていた。
「どっちが勝つと思う?」
「シエラさんでしょ。先生倒してるんだよ?」
「私はローリィさんだと思う! 何ていうか、すごく強そうな雰囲気あるし」
それぞれが意見を述べている中、シエラとローリィが準備を終えると、練武場は静寂に包まれた。
互いに構えを取り、コウが合図のために手を上げる。
「それじゃあ試合――開始っ!」
手を振り下ろすと同時に、先に動いたのはローリィの方だった。
地面を蹴ると、真っすぐシエラの方へと駆ける。
シエラは動かない。
ローリィの剣の動きを見てから対応することにしたのだ。
「!」
ローリィの構えが、シエラの間合いのギリギリで変わる。
(細剣の構え……)
シエラはすぐに理解した。
ローリィの構えは、シンプルに剣を振るう構えだった。
真っすぐな剣――逆に言えば、もっとも対応しやすい形だったと言える。
だが、それはあくまで油断させるための偽装。
ローリィはわずかな挙動で突きの構えへと切り替えたのだ。
風を切る音が周囲に響く。
「っ!」
ローリィが少し驚いた表情を浮かべた。
シエラは特に焦る様子もなく、ローリィと同じように少ない挙動で剣先を逸らす。
突きに対して剣先を逸らすように当てることで、シエラへの攻撃を逸らしたのだ。
そのまま、ローリィが連続で突きを繰り出す。
単純に斬るよりも突く方が隙は少なく、実際に高い殺傷力も得ることができる。
模擬試合で使われる木剣には合わない戦い方ではあるが、シエラの人間離れした動きに合わせた攻撃だろう。
速さに対して速さで対応する――間合いの寸前で構えを変える変則的な戦い方を見せたローリィだが、
(……だから、分かる)
シエラはローリィの剣を難なく防ぎきる。
剣の挙動がはっきりしているからこそ、ローリィの剣はあまりに分かりやすいのだ。
「あの二人……すごい」
「ローリィさんも人間離れしているっていうか……」
「……っ!」
ローリィの表情がわずかに曇る。
傍から見れば、実力的に差はないように見えるだろう。
ホウスの時とは違い、それだけ二人の戦いは拮抗しているように見えるのだ。
――だが、現実的には違う。
初めこそ、ローリィは様子見も含めて動いていた。
今はシエラに対して、全力で打ち込んできているのだ。
それに比べてシエラは、最初と変わらずに受け切る構えを見せていた。
「こ、の……っ!」
初めて、ローリィの呼吸が乱れた。
シエラに一撃届かせる――簡単に見えるそれが、ローリィからすればあまりに遠すぎるものだった。
「今度はわたしの番」
次に動いたのは、シエラだった。
ローリィの突きを逸らすと、シエラは一歩踏み出す。
攻撃に対して一歩踏み出すという行為自体、一歩間違えば大怪我に繋がる。
だが、シエラは迷うことなくそれを実行する。
「ちっ!」
シエラとローリィの距離が縮まる。
シエラはさらに剣を弾いた。
そのまま振り下ろすように剣を振るうが、ローリィが後方に跳んでそれをかわす。
シエラは地面を蹴って追撃する。
ローリィの構えが再び変わった。
それを見て、シエラはピタリと動きを止める。
「! また変わった」
「……意外と慎重ですね。止まるとは思いませんでした」
「ローリィ、面白い戦い方するから。父さんもたまにやってくれるよ」
「……なんだと?」
シエラの純粋な感想だった。
最初のシンプルな構えとはまた違い、カウンターを狙ったような防御の構え。
ありとあらゆる事態を想定したような戦い方に、シエラもローリィに興味を持ったのだ。
その表情は、少しだけ嬉しそうだった。
「お前の父さんなど知らない!」
対照的に、ローリィの表情は怒っているようにも見えた。
構えを解除したローリィは、剣を左手に持ち替える。
今度はシエラも動いた。
互いの間合いに入ると同時に、シエラが剣を振るう。
それに対し、ローリィが振るったのは右手だった。
「!」
パンッ――乾いた音が周囲に響き、シエラの剣が弾かれる。
シエラが少しだけ驚いた表情をした。
ローリィはがら空きになったシエラの身体に対して、左手に持ち替えた剣を振るおうとする。
「もらった――」
「はーい、そこまで!」
ピタリ、と二人の動きが止まる。
声の主はコウだった。
「コウ?」
「一応、剣の授業だからさ。今の、一撃を受けたってことで」
「っ! 僕の負け、ですか」
そう言ったのは、ローリィだった。
手で防いだという行為自体が、ローリィに対する一撃という判定だった。
ローリィがくるりと反転すると、
「……あなたの実力については、改めて理解しました」
そう一言だけ残して離れていく。
シエラは自身の握った剣に目を向けた。
木剣は――まるで削られたかのようにへこんでいた。
(……もうちょっと戦いたかったな)
シエラは名残惜しそうにそう考える。
純粋に楽しめる戦いだったと感じている――次に何をしてくるかを予想し、その予想とは違う動きをしてくるのは、直情的な剣の動きに対して対照的だったと言える。
だからこそ、ローリィとの戦いは面白いものだった。
「シエラ!」
アルナがシエラの下へと駆け寄ってくる。
ずっと心配そうに二人の試合を見ていたのを、シエラも知っていた。
勝ったのはシエラの方だが、判定勝ちというのには少し不満が残る。
だから、アルナに対しても「勝ったよ」と報告することはなく、
「次はちゃんと勝つね」
「……? あなたの勝ちだと思うのだけれど」
「うん。でも、次は勝つよ」
「そ、そう?」
アルナにもよく理解できていなかったようだが、シエラはそう宣言する。
そんなときに、両手をパンパンと叩くように合わせて、コウが言い放った。
「それじゃあ、今の感じを参考に他のみんなも模擬戦やってみよっか!」
――その場にいた者達は、一様に首を横に振った。





