46.シエラ、ローリィと戦う
それから、何事もなく三日が過ぎた。
ローリィは変わらず執事服のままで、相変わらず目立つ存在ではあったが、シエラと違ってあらゆることをそつなくこなせる能力があった。
編入試験ではいずれも優秀な成績を収めており、特化型のシエラに比べると万能型と言える。
特に、同じ編入生であるシエラが比較対象になりやすいのも無理はなく、本能で行動しているようなシエラに比べると、人当たりもよく優しげな印象を与えるローリィは簡単にクラスに馴染んでいた。
アルナに対しては、話をすれば従者であるという態度は崩さないが、クラスメートとの関係を崩すようなこともしない。
そういう意味では、アルナにとっては助かっているとも言える。
「あれから特に連絡もないみたいだけれど……」
「連絡?」
移動教室の途中――ふと、アルナの呟きに対してシエラが問いかける。
「言っていたでしょう。……《王位継承者》の」
アルナが小声で言った言葉を聞いて、シエラも思い出す。
ローリィがここにやってきたのは、王位継承者同士の会合があるという話だった。
その護衛として、カルトール家から派遣されてきたのがローリィだ。
実際、アルナは気付いていないがシエラは常にローリィの視線を感じている。
時折シエラに対して敵意のようなものを感じるが、同時にアルナを守ろうという意思をくみ取れる。
だから、シエラは敵意を向けられていたとしても特に反応することはなかった。
これが以前のシエラであったなら、敵意を向けられている以上――すでに戦いに発展していてもおかしくはなかっただろう。
ある意味、大きく成長した点とも言える。
「他の人のことは知ってるの?」
「他のって、継承者のこと?」
「うん」
「会ったことのある方もいるけれど、一部だけね。実際、私みたいに表向きには継承者という形を取っているかもしれないし、それは定かではないわ」
「そうなんだ」
「気になるの?」
「うん」
こくりと頷くシエラ。
以前に聞いたアルナの話によれば、王位継承者同士は王座をめぐって争うことになる。
シエラからすれば、その継承者達はアルナの敵ということになるのだ。
「敵のことを知るのは重要だって、父さんが言ってた」
「そうなのね。でも、私から教えられることはあまり、ないわね」
「そっか」
「……ごめんなさいね。私のことなのに」
「ううん、いいよ」
どのみち、シエラのやることは変わらない。
立ち塞がる相手がいれば――斬るだけだ。
もっとも、それで全てが解決するという前提が必要になるが、シエラには小難しい手を使うという考えはそもそもない。
二人はそんな話をしつつ、次の授業の教室――もとい、練武場へと移動する。
今日は剣術の授業があった。
武器を扱った授業というのはどの学園でも実施しているもので、一般的なものは剣術の授業になる。
担当の講師は、シエラのクラスの担任であるコウ・フェベルだ。
シエラは迷うことなく、コウの下へと駆け寄る。
「コウ……先生。今日もやろう」
「んー、シエラさんにそんな輝いた目を向けられると先生はちょっと複雑な気分になるんだよね。あたしでも結構相手するの疲れるからさぁ。何せ、結構歳だし?」
「コウは若いよ」
「あはは、ありがとね。でも、先生また忘れてるぞ」
「コウ先生」
「はいはい」
ぽんぽん、とコウはシエラの頭を軽く撫でる。
剣術の授業では基本的なことから教えるが、シエラについてはその基本はすでに出来ている。
――それ以上に、シエラの剣術がすでに学園のレベルを超えているというのは周知の事実だった。
そのため、シエラは授業においてはコウとの模擬戦をクラスメートに見せる役割を担っている。
唯一、コウだけはシエラとまともに剣を交えることができるからだ。
シエラもまた、コウとの剣術の授業を楽しみにしていたが、
「けど、今日はあたしが相手じゃないんだよね」
コウはそう言って、視線をある人物に向けた。
そこにいたのは――ローリィだった。
「僕がシエラさんの相手を務める、ということですね?」
「そういうこと」
「ど、どういうことですか?」
話に割り込んだのは、シエラの後ろからやってきたアルナだった。
ローリィが編入してきてから剣術の授業は初めてだったが、突然の提案に困惑した表情を見せる。
シエラとローリィ――模擬戦とはいえ、アルナに関わりのある二人が剣を交えるのだから当然だろう。
コウはひらひらと手を振って答える。
「それはもちろんあれよ。もう知ってる子もいるかもだけどさ、あたしがローリィさんの編入試験の担当だったわけよ」
「な……!?」
アルナが驚きに目を見開く。
ローリィは編入試験で講師と互角の戦いを繰り広げたという話は、すでに学園で有名だ。
講師を倒したシエラに比べればそのインパクトは劣るかもしれないが、それでも十分すぎるくらいだ。
シエラはその話を聞いて、ローリィに興味を示した。
「ローリィは、コウと戦えるんだね」
「そう言うあなたは講師を倒している、と聞きましたよ」
「うん。そうしたら合格だって言われたから」
「ははっ、言われたから、ですか。そういう意味だと、僕もそういう命令があれば倒していたかもしれませんね」
「命令?」
「おーい、先生はそんなに弱くないからね」
ローリィの言葉にコウがそんな突っ込みを入れつつ、言葉を続ける。
「……ま、とにかくそういうことだから、ローリィさんとシエラさんなら丁度いいと思ってね。みんなの良い見本になると思うわけよ。いつも同じ模擬戦だと飽きちゃうだろうから助かるわ」
笑いながらそんなことを言うコウに対して、アルナが複雑な表情を見せる。
シエラはアルナの下へ駆け寄る。
「大丈夫だよ。模擬試合だから」
「それは、そうだけれど……」
「ご心配なく、アルナお嬢様。シエラさんに怪我をさせるようなことはさせませんので」
ローリィが笑顔でそう宣言する。
それは完全に、ローリィからシエラに向けての宣戦布告であった。
その言葉を聞いたシエラは珍しく楽しそうな表情を浮かべる、
「うん、わたしも怪我はさせないよ?」
「……言うじゃないか」
「いやいや、実際に大きな怪我にならないようにこの木製の剣使うわけだからね。あと寸止めもルールだから。……おーい、聞いてる?」
「うん」
「ええ、聞いていますよ」
シエラとローリィ――向き合う二人は、コウの言葉に返事をする。
編入生同士の戦いが、始まろうとしていた。





