45.アルナ、修行する
寮のすぐそばで、アルナは集中していた。
「ふう……」
軽く息をはき、意識を集中させる。
右手に魔力が集中していくと、空中にいくつも重なるように《方陣術式》が出現する。
そこからだんだんと作り出されていくのは《青白い剣》――アルナはそれをゆっくりと構えた。
(維持するのがきつい……!)
以前に比べれば早く、そして維持をできる時間も伸びている。
実際、ホウスと対峙したときは数分間とはいえ作り出すことができたし、シエラがエルムへのトドメに使ったのもアルナの剣だ。
もっとも、手放したものは数秒維持できるのがやっとというところで、エルムとの戦いは本当にギリギリの時間だったと言える。
「どう、かしら? シエラ――」
アルナにとっての《装魔術》の師であるシエラに、自身の出来について問いかける。
だが、当の本人はアルナの前の地面に見本となる《赤い剣》を突き刺して、うたたねをしていた。
(ね、寝たままでも維持できるものなの……!?)
アルナにとっては一番の衝撃的な事実であり、またシエラの凄さというものが改めて伝わってくる。
ただ、本人があまりに無防備に眠っているため、アルナは思わず苦笑してしまう。
(さすがにずっと見ているだけだと暇よね)
少し長い時間、集中しすぎたのかもしれない。
アルナの中では、シエラの雰囲気からしても興味のない授業は眠ってしまいそうなイメージがあった。
ただ、実際にはそれとはまったく別で、授業中も眠そうな表情なことはあるが寝ることはない。
アルナは一度装魔術を解除して、シエラの下へと近づく。
小さな寝息を立てて、木に寄り掛かったまま動かなかった。
「すぅ……」
「こうやって見ていると、人形みたい……」
思わずそんな感想が漏れてしまう。
傭兵に育てられたというシエラだが、その突拍子のない行動や異常なまでの身体能力だけが学園内で有名というわけではない。
その容姿もまた、男子生徒だけでなく女子生徒からも人気だという話を聞いたことがある。
アルナはそういう話を気にしたことはなかったが、一度聞いてしまうと少し意識してしまう。
(髪も綺麗なのに、自分であまり手入れをしてくれないのよね……)
アルナが心配するような話ではなかったが、近くにいるとやはり気になってしまう。
シエラがそういうことに疎いのはすでにアルナも一緒にいて理解している。
髪が傷むことは気にしないし、服装も動きやすさを重視する。
それこそ、制服などはアルナが定期的に直してやらないと乱れてしまっていることが多い。
(スカートだからとか、そういうのもあまり気にしないし……)
シエラと一緒にいて、色々と気苦労が増えたアルナだが――何よりシエラがいてくれるからこうして今も学園生活を送れている。
何より、アルナ自身シエラの面倒を見ることを嫌だとは思っていない。
――もちろん、多少は自立してほしいと思うところはあるが。
「ん……」
ぴくりとシエラがわずかに動くが、まだ目を覚ます気配はない。
(私も少し休もうかしら)
アルナはそのまま、シエラの隣に腰を下ろす。
すると、シエラがアルナに寄り掛かるような形になった。
「父、さん……」
「っ! 起きたの?」
「……」
シエラに問いかけるが、反応はない。
どうやら、寝言だったらしい。
(……よりにもよってこのタイミングで『父さん』って)
ただ、意外と悪い気はしなかった。
以前にも「父さんより父さんみたい」と言われたことを思い出す。
何だか頼られているという感じがするのは、アルナにとっては嬉しい気持ちはあった。
(誰かに必要とされる、っていうのもね。でも……)
この場合、アルナにとってシエラは必要な存在になる。
けれど、シエラにとってはどうだろう――初めて寮の屋上で出会って、同じクラスの隣同士になった。
運命と言えるのかもしれないけれど、こうして仲良くなれたことはアルナにとっては良かったことだと言える。
しかしシエラにとっては、もっと普通の相手の方が良かったのではないかと考えることもある。
(……って、考えるとこの子に心配されるのよね)
シエラは他人の表情の変化に敏感だというのが、ここ最近よく分かっている。
アルナが何か悩み事や考え事をしていると、「何かあった?」と問いかけてくることはよくある。
他人には無関心なように見えて、シエラは他人のことをよく見ているとアルナは感じていた。
だから、シエラの前ではできるだけ笑顔でいるようにしようと心掛けている。
――笑顔が好きだと、シエラが言ってくれたからだ。
(……改めて考えると照れるわね)
ぶんぶんと、アルナは軽く首を振って立ち上がる。
軽い休憩だけでも十分だった。
もう一度装魔術の練習をしようかとも思ったが、このままシエラを寝かせておくと風邪をひくかもしれない。
「シエラ、眠いのなら部屋に戻る?」
「……」
声をかけてみるが、シエラからの反応はない。
本当によく眠っているようだった。
「シエラ?」
「……」
「ほら、このまま眠っていると悪戯されるわよ」
アルナはそう言いながら、シエラの頬を軽く突く――
「あむ」
「……あむ?」
それと同時に、寝ぼけたシエラがアルナの指をぱくりと咥えていた。
あまりに突然の出来事に、アルナも反応できなかった。
齧るような感じではなかったのが不幸中の幸いと言える。
そこでようやく、シエラが目を開けた。
「んむ、アルニャ?」
「……おはよう、シエラ。とりあえず、指を解放してもらってもいいかしら?」
目覚めたばかりのシエラに、アルナはそんな挨拶を交わすのだった。