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44.シエラ、寮に戻る

「いい? シエラ。普段はああいうことをしてはダメだからね?」


 アルナの部屋に到着するやいなや、シエラはアルナからそんな注意を受けた。

 結局、学園から戻ってくるのにはそれほど時間はかからなかった。

 理由としては単純――シエラがアルナを抱えてそのまま戻ってきたからだ。

 シエラとしてはアルナから『加減なしで』走って帰ってもいいと言われたのでそれを実行しただけに過ぎなかったが、こくりと頷いて答える。


「分かった」

「……まあ、私が言ったことだから貴方が悪いわけではないのだけれど、人前であんな風に叫んだのは初めてよ……」

「あんな風って――」

「思い出さなくてもいいの!」


 恥ずかしそうにするアルナに、シエラはまた頷いた。

 ローリィから逃げるように部屋へと戻ってきた二人だが、学園ではまだ授業が終わったばかりだ。

 シエラの『超速帰宅』についてこられる者などいるはずもなく、人の気配はまだ寮では感じられない。

 部屋に戻るのにも、シエラは寮の壁を駆け上がるようにしてアルナの部屋まで登ってきたのだ。

 窓を閉めていたために、結局また飛び降りてから寮の中を移動する羽目になったが。


「早く戻ったのだから、少し休憩しましょうか。シエラ、何か飲む?」

「甘いのがいい」


 相変わらず甘いものが好きで、アルナから問われればそう答えるシエラ。

 そして、それを見越したようにアルナが答える。


「毎日甘いものだったから、今日はお茶にしましょうか」

「……」

「そんな顔してもダメよ」


 懇願するような顔、というのはシエラにはよくわからなかったが、要求を受け入れられなかったときのシエラはそういう顔をしているらしい。

 だから、そのままシエラはアルナを見つめると要求が通ることもあるのだが――今日は無理だった。

 テーブルに向かい合うように腰かけて、二人でお茶を飲む。

 お菓子は三つまで許可が出たために、シエラがどれを食べるか吟味する。

 そんなシエラを見て、アルナがくすりと笑った。


「どうかした?」

「貴方は本当、変わらないわね」

「……? どういうこと?」


 時折、シエラにはアルナの言っていることがよく分からない。

 毎日こうして顔を合わせているのだから、そんなすぐに変わるようなことはない。

 そもそも、シエラにとっての変わるというのは、主に外見における特徴しかなかった。

 自身の身体を何度か見直した後、シエラは問い返す。


「変わった方がいい?」

「そういうことではないわ。でも、私は貴方のそういうところ、好きよ。周囲に流されたりしないって言うのかしら? 私もそうありたいものね」


 アルナの言いたいことは、何となくシエラにも分かる。

 ――シエラも、周囲の視線を気にしないわけではない。

 王都にやってきてからというもの、何かとシエラは目立ってしまうのか、見られていると感じる機会が多い。

 アルナのように慣れた相手にならばまだいいが、知らない相手に見られていると感じるのは、シエラにとっては良い気分のものではない。

 ただ、それを踏まえたとしてもシエラはそういったことをあまり気にすることのない人間であることは間違いなかった。

 シエラはこくりと頷いて答える。


「アルナならなれるよ」

「……そうだといいわね。それより、お菓子食べたら練習をしようと思うのだけれど、どれを食べるか決めた?」

「! まだ決めてない」


 改めてシエラがお菓子の吟味に戻る。

 シエラは決して優柔不断な性格ではないが――一日に食べてもいい量が決められると話は別だ。

 真剣な表情でお菓子を見つめるシエラに、アルナが苦笑して言う。


「……しょうがないわね。今日は特別、どれでもいいわよ」

「! じゃあ全部――」

「全部はダメだけれど、一個ずつならいいわ」


 制約がないとすぐに要求が大きくなるシエラは、またしてもアルナに見透かされてそんな制約をかけられてしまうのだった。

 シエラはそれに従って一個ずつお菓子を取り、そしてアルナの視線が逸れた隙を狙っては二個取るという小狡い手を使いながら、不意に外を眺める。


「……?」

「シエラ、どうしたの?」

「何でもないよ」


 視線に敏感なシエラはそう答えつつ、窓の外に視線を向けるのだった。

 


  ***


 女子寮から少し離れたところにある男子寮――そこに、ローリィ・ナルシェの姿はあった。

 およそ人間離れした速さを持つシエラに対し、追いつくことこそできなかったが、遅れて寮の部屋に戻ったローリィもまた、尋常ではない速さでそこに戻っていた。


「アルナお嬢様が言うからには……信頼している相手、なのかもしれないけれど」


 ローリィはそう言いながら、女子寮の方へと視線を向ける。

 右目を閉じて、長い前髪で隠された左目を開く。

 その目は――遠く離れたものでも見通すだけの力があった。


「……アルナお嬢様と、シエラ・アルクニスはすでに部屋か」


 アルナのことは当然として、シエラのこともある程度は調べていた。

 シエラ・アルクニス――ローリィよりも少し前に編入したばかりの女子生徒。

 学問においては《魔法学》と《魔物学》に特化しており、さらに編入試験の時にホウス・マグニスという傭兵上がりの実力ある魔導師と模擬試合を行い――勝利している。

 先の校舎から飛び降りの件も含めて、その異常性はローリィにも分かる。

 明らかに普通ではない――そんなシエラが、アルナの傍にいるのだ。


(……目立たないはずもない、か)


 ローリィの視線が鋭くなる。

 それでも、その異常性を持ってアルナを守るというのなら――ローリィにとってシエラは利用価値のあるものだ。

 だが、呑気にお茶を飲みながら、お菓子を選ぶシエラに向けられる視線は、殺意にも似たものだった。

 ローリィはすぐに首を横に振る。


(……違う。僕の役目はそうじゃない。僕はただ――っ!)


 再び視線を向けたとき、窓を介してシエラがローリィの方を見ていることに気付いた。

 ローリィは特別な目を通して見ているというのに、そんな仕草もなくシエラはローリィの方を見ている。


(馬鹿な……!? そんなことが……!)


 ローリィは驚いて、シエラの方を凝視する。

 だが、シエラがすぐに視線を逸らした。


(……気のせい、か? そうだ、気のせいに決まっている)


 その後は特に変わった様子もなく、二人が部屋を後にしていくのを見送る。

 それと同時に、ローリィもまた行動に出た。

 アルナとシエラ――二人の動向を静かに、離れたところから見守るローリィだった。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
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