43.シエラ、戸惑いを感じる
シエラとローリィは対峙するように立つ。
ローリィの方がシエラよりも身長は高く、シエラは少し見上げる形となった。
普段と変わらぬポーカーフェイスのまま、ローリィのことを見る。
ローリィもまたシエラに言いたいことがあるのか、再び口を開こうとするが、
「……」
そのままシエラの横を通り過ぎる。
アルナの方を一瞥して言い放つ。
「アルナお嬢様、この件はお嬢様と僕で進めるべき案件です。このような部外者をかかわらせる必要はありません」
「わたしは――」
「シエラは部外者などではないわ。知ったような口を利かないで頂戴」
シエラの言葉を遮ったのは、そんなはっきりとしたアルナの宣言。
それを聞いたローリィは眉をひそめる。
「アルナお嬢様……」
ローリィがまたシエラの方を見る。
ローリィから感じられるのは若干の殺意――だが、ローリィは小さくため息をつくと、
「分かりました。アルナお嬢様がそう仰られるのなら、シエラさんを連れていっても構いません。ただし、何が起こってもシエラさんの自己責任ということで……宜しいですね?」
「それは……」
「いいよ」
今度はローリィの言葉にシエラが答えた。
初めからそのつもりだ――シエラはアルナと共にいると決めたのだから、今更《王位継承者》の顔合わせがあると言われたくらいで引き下がるようなことはない。
そもそも、シエラにとっては王位継承者同士の争いも興味のないことだった。
シエラは純粋に、アルナのやりたいことを支えていきたいと思っている――逆に言えば、王位継承の件がアルナのやりたいことの障害になるのであれば、シエラは全力で対抗することになる。
シエラの言葉を聞いてから、ローリィは背を向けてその場から去っていく。
「追って連絡します。もうすぐ授業が始まりますので、クラスへお戻りを」
それだけ言い残していった。
「……ごめんなさいね、シエラ」
ローリィが去ると、アルナは申し訳なさそうにシエラの方を振り返る。
その様子を見て、シエラは首をかしげて問い返す。
「何が?」
「その、やっぱり巻き込むようなことに、なってしまうから」
「アルナは同じこと言うね」
「え?」
「わたしは気にしないよ」
「……私は気にするのよ。貴方が気にしない分、私が貴方の分も気にすることにしたのよ」
「そうなんだ。でも、大丈夫だよ」
「……ありがとう。でも、意外だったわ。貴方がその、あんなに積極的になるなんて」
「積極的?」
「そうじゃない。ローリィの言葉に『必要ない』だなんて」
「だって、アルナが初めてあの人を見たとき、少し嫌そうだったから」
「! そう、そうよね。貴方はそういう子だものね」
スッとアルナがシエラの頬に触れて微笑む。
シエラにとっては、ローリィを拒絶する理由などなかった――一緒に守るというのなら、シエラは普通にローリィを受け入れただろう。
ただ、アルナの実家のことについて詳しくはないシエラでも、アルナの微妙な表情の変化を読み取ることはできる。
アルナにとって、ローリィがどういう人物か分からないが、少なくとも今は良い感情を抱いていないということは分かった。
シエラにとっては、それが分かれば十分なことだった。
「……あの子も、昔はああいう感じではなかったのだけれど」
「……? ローリィのこと?」
「ええ。まあ……カルトールの家にも色々あるのよ。さ、私達も授業に戻りましょう?」
「うん」
アルナがそうはぐらかすように言い、シエラは頷いた。
――ローリィとアルナの関係が気にならないわけではない。
ローリィの態度から察するに、少なくともアルナへの忠誠は本物のようだった。
そうだとしても、シエラがアルナと出会ってからカルトールの家の者がアルナに接触してきたのは初めてのことだ。
アルナが王位継承権を持った時点で、本来ならば護衛をつけるべきだったところにも送ってこなかったというのに今更、というところもある。
ただ、シエラが気にするのはそういうところではない。
(ローリィは、アルナの友達、なのかな?)
シエラにとって初めての友達はアルナであるように、アルナにとってローリィとは何か――そして、ローリィにとってのアルナとは何なのか。
他人のことをそう考えたこともないシエラは、何となく心に引っかかるものを感じながら、アルナと共にクラスへと戻るのだった。
***
授業が終わり、ローリィの編入してきた最初の一日目が終わった。
だが、本当の一日目というのはまさにここから始まるのだった。
「それでは、帰りましょうか。アルナお嬢様」
ほかのクラスメートの視線なども気にもせず、アルナの下へと一直線にやってきたローリィは、手を差し伸べてそんなことを言う。
アルナは少し驚いた表情をしながら、ローリィのことを見た。
優しげに微笑むその表情には悪意などまるで感じない。
執事服という目立つ格好に、クラスメートが興味本位で話しかけたところを軽くあしらい、アルナのところへと真っすぐやってきたのは間違いなく彼の意思だろう。
「……一緒に帰る必要があるのかしら?」
「何を仰いますか。僕はアルナお嬢様に仕える身――登下校を共にするのは当然かと」
「登下校って……子供ではないのだから必要ないわ。シエラ、帰りましょう」
「うん」
アルナは隣の席に座ったシエラの手を取って、ローリィから距離を取る。
だが、ローリィは特に気にする様子もなく、アルナとシエラの後ろへとついた。
「……ついてくるつもり?」
「僕のいる男子寮はアルナお嬢様のいる女子寮の近くですので」
「男子寮?」
なぜか、シエラがローリィの『男子寮』という言葉に反応する。
シエラもその存在は知らないはずもない。
編入してから一度、興味本位なのか男子寮を含めてあらゆる建物を踏破しているのだから。
「……とにかく、方向が同じなので後ろについていくだけです。それなら僕の勝手、ですよね?」
「そういうことなら――シエラ。今日は走って帰りましょうか。加減しなくていいわよ」
「え、いいの?」
アルナがシエラにそう言うと、シエラは少し驚いたような表情でアルナを見る。
学園の校舎内では走らないように――そんな当たり前のことまでアルナが教えたことだが、それを破ってもいいとアルナが言ったのだ。
シエラの問いかけにアルナはこくりと頷いて、
「今日は早く帰って《装魔術》の練習をしましょう?」
「分かった」
「アルナお嬢様……? 何を――な!?」
その光景を見て、ローリィが驚きの声を上げた。
シエラがアルナを抱えあげると、すぐに廊下の方へと飛び出す。
いつもなら絶対にこんなことはシエラにさせないが、ローリィに対してシエラがどういう存在なのかを見せてやりたいという気持ちがあった。
(私にはシエラがいる――なんて、少し私らしくもない考え、よね)
シエラに抱え上げられながら、アルナはそんなことを考える。
シエラがいるから、ローリィの護衛は必要ないと、そんな意地悪な考えをしているとアルナ自身理解しているのだ。
シエラががらりと屋上の窓を開く。
「な……! お前、何をするつもりだ!」
ローリィが驚きの声を上げる。
それを見て焦ったのはローリィだけではなく――アルナもだった。
「え? シ、シエラ? 加減しなくてもいいって言ったけれど、さすがにこの高さは――」
「大丈夫だよ」
抑揚はないけれど、やけに自信があるように聞こえる声で、シエラが答える。
実際――シエラならば大丈夫なのだろう。
そうは分かっていても、シエラが飛び降りると同時にアルナの叫び声が校内に響くことになるのは言うまでもなかった。





