41.編入生、再び
シエラとアルナがいつものようにクラスの方へと向かう。
学園内ではアルナもそうだが、シエラも有名人であった。
行方をくらませたままのホウス・マグニスという元講師――問題はあったとはいえ、ホウスの実力は本物だった。
そんなホウスを倒して入学したというのだから、有名になるのも当然だった。
それに、銀色の長い髪にどこか儚げな印象を持たせる風貌は、周囲の目を引きつけ、男女問わず通り過ぎるシエラのことを見送る。
シエラは見られていることに当然気付いてはいる。
初めの頃は慣れなかったが、他人からの視線についてもある程度気にしないようにはなった。
やや遅れ気味ではあったが、一月も経過すると皆同じ感覚なのだろう。
登校している生徒の数も疎らだった。
「もう少しゆっくりできたね」
「他の子に合わせなくてもいいの。これでも結構遅い方なのよ」
「でも、みんないないよ?」
「……中々難しいこと聞くのね」
疑問に思ったことはすぐに聞くタイプのシエラに、下手なことを言うと鵜呑みにしてしまうということも、アルナは理解している。
冗談のつもりで言ったことでも、おおよそのことはシエラにできてしまうのだ。
剣術の授業で負けたらいけないと教えれば、シエラは絶対に負けない――そんなタイプの人間だ。
「まあそのうち皆来るでしょうから、そんなに違いはないでしょう?」
「うん――」
「おはよー、シエラさん!」
「っ!」
背後からそんな元気溢れる挨拶と共に現れたのはクラスメートのルイン・カーネル。
誰に対してもフレンドリーでいられる彼女は、アルナともすぐに打ち解けた者の一人だが、シエラに対するスキンシップがやや過剰だった。
シエラはルインの手が脇に添えられた時点で、その場から飛び退いた。
すぐに警戒するようにシエラは距離を取る。
やや不機嫌そうな表情で、
「おはよう、ルイン」
そう一言答えた。
「ルインさん、シエラで遊ばないでほしいのだけれど」
「あははー、反応が面白いからつい。今のシュバッて動きすごくない?」
人間離れした動きが見たいのか、それともシエラとスキンシップが取りたいのか――反応が明らかに過剰なのは、シエラ自身あまり身体に触れられることがないからでもあった。
シエラは警戒しつつも、ルインに近づく。
「大丈夫、大丈夫。もうしないからさー。それでさー、編入生の話って聞いた?」
「……編入生? え、またなの?」
アルナが少し驚いた表情で聞き返す。
最近で言えば、シエラが入学時期から少し遅れて入ってきたばかりだ。
「そうなんだけどさー、『情報屋さん』の情報によると、うちのクラスに入ってくるらしいよー」
情報屋さんというのは、シエラのときと同様に入学試験などの情報を得てくる者のことだ。
いったいどうやっているのか――そういう情報をいち早くゲットすることに長けているらしい。
そんな情報屋さんから、瞬く間にシエラの情報も広まった。
今回もまた、編入生について話題が広がっているらしい。
「どういう人か具体的には分かってないんだけど、これがまた面白い話があってねー」
「面白い話?」
シエラが聞き返すと、ルインはにやりと笑って答える。
「シエラさんにライバル出現かもよ? その子も入学試験で講師の先生と互角レベルだったらしいからさー」
「……な、そんな子がシエラ以外にも……?」
シエラはそんなに驚きはしなかった。
だが、講師と互角に戦えるということ自体、学園では前代未聞のことだったのだ。
もっとも、シエラの場合は講師を倒してしまっているが。
講師がどの人だったかにもよるが、少なくとも編入生がそれなりの実力者であるということは分かる。
「楽しみだね」
シエラは少しだけ嬉しそうに言った。
強い人が入ってくるかもしれない――それだけで、シエラにとっては嬉しい話であった。
元々戦うことが趣味とも言えるシエラには、現状剣術の授業でも真っ当に戦える相手が担任でもあるコウ・フェベルくらいしかいないのだ。
同級生にそういう者が増えるのは、シエラにとっては喜ばしいことだ。
「楽しみって、喧嘩とかしたらダメよ? まあ、貴方ならそういう心配はないと思うけれど」
「うん、分かってる」
シエラは戦いは好きだが、好戦的な性格ではない。
必要であれば戦うが、自分から無闇やたらに襲い掛かったりするような性格ではなかった。
だから、編入生が誰であっても問題ないだろう――そうアルナも考えていた。
「失礼致します」
そんな三人の背後から声が掛けられる。
振り返ると、そこにいたのは学園の制服ではなく、執事服に身を包んだ少年だった。
特徴的な青く長い髪を後ろで束ね、左目は前髪で隠れている。
中性的な容姿は、一見すると女の子のようにも見える。
「……?」
シエラだけ、その場で少年を見て首をかしげた。
だが、そんな少年の姿を見て驚いたのは、アルナの方だった。
「貴方は……!」
「知り合い?」
シエラが問いかけると、それよりも早く少年が反応する。
アルナの前に膝をつくと、
「お久し振りです。アルナお嬢様」
そう少年――ローリィ・ナルシェは言い放ったのだった。