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37.シエラ、戦いを終えて

 シエラの放った一撃は、エルムの身体を切り裂いた。

 エルムがその場に仰向けに倒れる。

 シエラもそのまま倒れそうになるが、ギリギリのところで耐えた。

 アルナが《装魔術》によって作り出した《青白い剣》は霧散していく。

 エルムが口を開いた。


「まさか、もう一人の剣を使うとは、な。想定外、だった」

「……少し消えるのが早かったら危なかったかも」


 ――アルナの手元から離れて維持できる時間はほんのわずかだった。

 シエラからの訓練で、そのわずかな時間を維持できるようになっていた。

 アルナもまさか、実戦でいきなりそれを要求されるとは思っていなかっただろう。

 シエラは再び《赤い剣》を作り出して、エルムへと向ける。


「まだ、作れたのか」

「……? うん。なんで?」

「なんでって……三分とか、言ってただろう」

「二本は維持するの大変だから。一本なら別に問題ないよ」

「ふはっ、そうか……」


 何故か楽しそうに笑うエルム。

 シエラとしては、嘘を言ったつもりはない。

 そもそもシエラの言うことを信じた時点で、やはりエルムは暗殺者にはどこまでも向いていないのだろう。


「エインズ・ワーカーの娘に負けた、のなら……本人にも勝てない、か」

「父さんと戦いたかったの?」

「ああ……俺は常に強者との戦いを望んできた。強くあったのならば、然るべきことだとは、思わないか?」

「よく分からないけど、何となくは分かる」


 エルムの言葉に頷くシエラ。

 シエラもまた、戦いを楽しむことができる性格だったからだ。

 エルムは話ながらも、時折強く咳き込む。

 ――シエラの一撃は致命傷だった。

 常人ならばすでに死んでいても不思議ではない。

 そんな一撃を受けたにも関わらず、エルムはどこか満足そうだった。


「ふはっ、《竜殺し》と呼ばれた俺の限界、か」

「なんで嬉しそうなの?」

「上には上がいる――それを知れたから、な……本気で挑み負けたのなら、それが俺にとって本望だった、というだけ、だ」


 エルムが脱力する。

 止めどなく溢れ出る血が、エルムの終わりを示していた。

 最後に、エルムは振り絞るような声で言い放つ。


「お前の、勝ちだ――シエラ・ワーカー」


 ガシャン、と鎧の擦れる音が周囲に響いた。

 確認せずとも分かる――エルムは死んだ。

 赤い剣を手放すと、それがエルムへの手向けのように赤い霧のようになって降り注ぐ。

 くるりとシエラは反転して、アルナの方へと戻ろうとする。


「……っ」


 だが、シエラもまた限界に近かった。

 身体が思うように動かず、その場に倒れるような形になるが、それをアルナが支えてくれた。


「アルナ、ありがと」

「……お礼を言うのは私の方よ。貴方のおかげで、私はここにいられるのだから」

「アルナの剣のおかげだよ。放しても少し維持できるようになったんだね」

「ま、まさかあんなところで要求されるとは思わなくて……正直必死すぎて覚えてないわ」


 アルナが苦笑いを浮かべながらそんなことを言う。

 人間離れした二人の戦いの中で、アルナの協力を求めたのは、エルムに確実に勝利するためだった。

 天性の戦いのセンスを持つシエラにとっては、エルムがもっとも油断する時が、シエラの示した三分という時間経過であると分かっていた。

 自身の《デュアル・スカーレット》の限界も含めて――シエラの戦略による勝利だったと言える。

 それでも満身創痍なのは代わりなく、アルナの肩を借りてようやく立てるような状態だった。


「……お礼も言わないとだけれど、やっぱり謝らないといけないわね」

「謝る?」

「……言ったでしょう。私は貴方を利用するつもりだった。それは本当のことなの。貴方の強さを知ったときから、私はそうするつもりだったのよ。だから――」

「いいよ。アルナは本当のこと言ってくれたから。わたしと一緒にいたいって言うのは、本当なんだよね?」


 シエラの問いかけに、アルナは少し迷ったような表情を見せた。

 それでも、ゆっくりと口を開く。


「……今回は、マグニス先生が雇ったのかもしれないけれど、私が狙われることに変わりはないの。今後もこういうことが起こる、かもしれない」

「うん」

「私は正直、シエラには傷付いてほしく、ないのよ。こんなのわがままだって分かっているわ――けど、一緒にいたい。もっと色んなことをしてみたいし、色んな人とも関わってみたい。私の言っていることは……立場からしたら間違っているのかもしれないわ。それでも――」

「うん、いいよ。わたしは一緒にいる。アルナのしたいこと、これから一緒にやっていこう?」


 アルナがどのような言葉を並べても、シエラの答えは変わらない。

 一緒にいたいと思ったのだから、その気持ちは揺るがないのだ。

 シエラの答えを聞いたアルナは、優しくシエラを抱きしめる。


「ありがとう……シエラさん――いいえ。シエラって、呼んでもいいかしら?」

「わたしは始めからアルナって呼んでるよ?」

「貴方は……そうね」

「! そうだ、アルナにこれ――あ」


 シエラが懐から取り出したのは、先ほど買ったばかりのアクセサリーだった。

 犬の顔を象った可愛らしいものだったのだが、戦いの最中に壊れてしまったらしい。

 アクセサリーは真ん中で割れてしまっていた。


「壊れちゃった。アルナにあげようと思ってたのに」

「……私に?」

「うん、アルナ可愛いものが好きみたいだから」

「ま、まあ、否定はしないけれど……ありがとうね」


 アルナはそう言いながら、シエラから壊れたアクセサリーを受け取る。


「これ、壊れてるよ?」

「いいのよ。貴方からの最初のプレゼントだから――大切にするわ」

「……うん」

「さ、貴方の怪我も酷いから早く治療してもらいに行きましょう。さっきの鐘の音からすると、ここに騎士の人達がやってくるかもしれないし、治療してもらえそうなら頼みましょう」

「いいの?」


 シエラでも、アルナが騎士に見つかることを避けているのは分かる。

 アルナにとっては――狙われたという事実を多くの人間には知られたくないことだ。

 それでも、アルナは迷うことなく頷いた。


「貴方の怪我の方が優先よ」

「わたしは大丈夫――」


 そう答えたところで、シエラが一瞬だけ反応を見せる。

 まだこの森の中に潜んでいるはずの、ホウスの気配があったからだ。

 だが、ホウスの気配は徐々にシエラ達から遠ざかっていくのを感じる。

 ――エルムが敗北したことに気付いたのかもしれない。

 満身創痍のシエラにも襲いかかって来ないところを見ると、すでにホウスは戦意を喪失しているのだろう。

 元凶であるホウスを追いかけるにも、シエラの体力に余裕はない。

 今回の件はホウスが原因と分かっているから、いくらでも対処のしようはあると考えていた。


「どうかした?」

「ううん、何も」

「そうだ。マグニス先生がまだどこかに潜んでいるかもしれないし、気を付けないと……」

「うん」

(それは一番心配なさそうだけど)


 心のなかで、そう呟くシエラだった。

 こうして、シエラとアルナの戦いは終わりを告げたのだった。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
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