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36.渾身の一撃

 少し離れたところから、鐘の音が聞こえた。

 夕刻を知らせる鐘ではない――王都からそれほど離れていない森の中にいたのだ。

 シエラとエルムの戦いは、数年ぶりに王都に危険を知らせる鐘を響かせた。

 シエラは剣を構える。

《デュアル・スカーレット》――二本の赤い剣を見て、エインズが付けてくれた名前だ。

《装魔術》において名というものは重要な要素であり、より剣としての存在の格が上がる。

 普段のシエラが使う剣よりも数段階上の状態になるのだ。

 相対するエルムもまた、《漆黒の剣》を肩に乗せるようにして構える。


「いい目だ。俺の違和感は間違っていなかったのだな。やはりお前は、本気など出していなかった」

「別に、普段通りなら十分やってたよ」

「ふはっ、普段通りか。それならば今からは楽しませてくれるのだろう――」


 瞬間、シエラはその場から姿を消した。

 ギィンと、周囲に金属のぶつかり合う音が響く。

 アルナが驚きに満ちた表情で、その光景を見ていた。

 アルナだけではない――その攻撃を受けたエルムもまた、驚きの声を上げる。


「なんだ、今のは……」


 かろうじて剣で防いだエルムが、ゆっくりと振り返る。

 その背後にはシエラの姿があった。

 エルムも決して油断していたわけではない。

 むしろ、先ほどよりも集中してシエラを見ていたはずだった。

 それなのに、かろうじてその一撃を防げたという事実に、驚きが隠せなかったのだ。

 速い――シエラは元々スピードだけならエルムを凌駕していた。

 それが先ほどとは比べ物にならないほどに上がっている。


「十分やっていた、だと……なら、今のは何だ」

「うん。だから、今のが本気」


 シエラはそう答えると、再び姿を消した。

 気付けば、エルムのすぐ近くにまでシエラが迫る。

 地面を蹴る瞬間――シエラは足元に魔力を集中させる。

 足元の小さな《魔方陣》は魔力を放出させ、瞬間的にシエラの身体を加速させる。

 普段使用する魔力量よりも多く、威力を高めることで速度を上げていた。

 すれ違い様に、シエラが剣を振るう。

 右の剣は防がれても、左の剣がエルムの肩を捉える。


「ちぃっ!」


 エルムが舌打ちをしながら振り返る。

 すでに、シエラは地面を蹴って空中へと跳んだ。

 まるで消えたようにしか見えないシエラの動きに、エルムはかろうじて防御するのが精一杯だった。

 空中から交差するように剣を振るうが、鳴り響く金属音と共に――エルムの兜に血が滴り落ちる。

 シエラは一度距離を取った。


「残念だ」

「……?」


 エルムの言葉に、シエラは首をかしげる。


「その速さ……俺でも防御するのが間に合わないほどだが……先の怪我の影響が出ているな。剣の振りが弱いぞ」


 エルムの指摘は間違っていない。

 今のシエラは全力を出している――全力でも、満身創痍の状態なのだ。

 その上でシエラはエルムとの戦いに挑んでいる。

 シエラも、状況はよく理解していた。


「教えてあげる。わたしも今、二本は長く使えない」

「……なんだと?」

「三分――それがわたしの限界だから」


 シエラはその言葉と同時に再び駆け出した。

 それは、シエラからの宣言。

 三分以内にケリをつけるということだ。

 シエラは二本の剣を振るう。

 赤い斬撃が飛翔し、エルムへと迫る。

 エルムはそれを、剣で振り払った。

《装魔術》によって精製された武具は魔力による攻撃をかき消せる。

 だが、シエラの目的はそれを当てることではない。

 放たれた斬撃よりも早く、エルムの左側に移動する。

 右に持った剣では、こちらからの攻撃は防げない。


「――ッ! 舐めるなッ!」


 咆哮。

 およそ人とは思えないほどの声の大きさと共に、エルムが魔力を放出する。

 魔法でもなんでもない――ただの魔力の放出だ。

 だが、それが抵抗となってわずかにシエラの動きを鈍らせる。

 エルムはすぐに左手に剣を持ち替え、乱暴に振るった。


「――」


 その剣を避けたシエラが着地したのは、エルムの剣の上。

 エルムはすぐに剣を振るい、シエラを叩き落とそうとする。

 二本の剣を広げて、ふわりとシエラが宙を舞う。

 その直後から、シエラの猛攻が始まった。

 距離を詰め、シエラは剣を振るう。

 エルムが攻勢に出ようとすれば、それを切り払い、確実にエルムを殺そうとする。

 それが分かっているからこそ、エルムは防御に集中した。

 周囲に金属が軋むような音が鳴り響く。

 一撃、二撃、三撃――繰り返されるシエラの斬撃は、一つ一つがエルムを殺すために繰り出されるものだ。


「う、おおっ……!?」


 エルムはひたすらに耐える。

 繰り出される剣撃の中――シエラの放った「三分」という言葉。

 エルムにとってはこれが生命線だ。

 剣が交わるごとに、互いの剣の魔力が磨り減っていくのが分かる。

 ――弱っているはずだった。

 常人であれば、すでに動くことすらままならない怪我だ。

 シエラとて、これほどの大怪我であれば無理に動くことはするべきではないと分かっている。

 エインズにも、それは十分に教えられたことだ。


(けど……こんなにも動ける)


 シエラ自身も驚いていた。

 動けば動くほど、身体から血は抜けていく。

 身体の痛みはだんだんとなくなっていく。

 治っているからではない――悪化していっているのだ。

 それでも、シエラはひたすらに剣を振るう。

 やがて、明確にその時が近づいているのが感じられる。

 シエラの剣が折れるのが先か、エルムの剣が折れるのが先か――

 エルムの身体に、傷が増えていくが、致命傷には繋がらない。

 必要なのは一撃――エルムの命に届く一撃だ。

 シエラは地面を蹴って、体重を乗せた一撃を放つ。

 わずかな挙動を、エルムは見逃さなかった。


「オオオオオオッ!」


 雄叫びと共に、エルムが渾身の一撃を放つ。

 二本の赤い剣と漆黒の剣がぶつかり合い――互いの刀身が宙を舞った。

 シエラの一撃はエルムに届くことはなく、装魔術によって作り出した剣がへし折れた。

 シエラが後方へと跳ぶ。

 戦いを見守っていたアルナの傍に、シエラは立った。


「アルナ」


 シエラはアルナの名前を呼ぶ。

 アルナがこくりと頷いた。

 そして、シエラは再び駆け出した。


 ***


 勝った――エルムは確信した。

《漆黒の剣》は折られたが、シエラの《デュアル・スカーレット》もまた二本とも折れた。

 お互いに渾身の一撃――だが、エルムにはまだ体力的な余裕がある。

 シエラの言い放った「三分」という時間――タイムリミット丁度に、シエラの剣はへし折れた。


(もはや剣を作ることはできない……仮にできたとしても、仕切り直せば俺が勝つッ!)


 折れた剣を手放し、エルムは再び剣を作り出す準備をする。

 シエラが仮に剣を作れたとしても、その時間に差はない。

 シエラがもしも始めから全力であったのなら――エルムは負けていただろう。

 そう思うほどに、シエラの強さはエルムの予想を遥かに越えていた。


(もしかしたら、エインズ・ワーカーを越えているかもしれんな)


 そう思えるほどに、シエラは強かった。

 短い時間ではあったが、高揚する戦いであったと、エルムは感じている。

 後方に跳んだシエラもまた、剣を手放した。


(これで決着だ)


 戦えない――そうエルムは判断していた。

 だが、エルムの視界に写ったのは、エルムの下へと駆け出すシエラ。

 二本の赤い剣は手放してはいるが、まだ霧散していない。

 装魔術を発動する前にケリをつけるつもりか――そうだとしても、シエラがエルムに致命傷を与えることができるとは思えなかった。

 ――シエラの手には、《青白い剣》が握られていた。


「なっ……!?」


 エルムが驚きに目を見開く。

 シエラが後方に跳んだのは、ぶつかり合った際の威力を消すためでも、再び仕切り直すためでもない。

 シエラの後ろにいた――シエラが守ろうとしている少女、アルナがそこにはいた。

 シエラのものではない――アルナが作り出した剣を、シエラが使っているのだ。

 まだ、エルムは剣を作り出すことはできない。

 そのわずかな差が、二人の明暗を分けた。


「ぬ、お……っ!」

「これで――終わり」


 シエラの振り下ろした渾身の一撃が、エルムへと届いた。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
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