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35.本当の気持ち

 何が起こったのだろう――それをすぐには理解できなかった。

 ホウスと戦っていたアルナが追い詰められて気付いたときには、目の前にシエラがいた。


(それで……)


 目の前に広がる光景に、アルナは息を呑む。

 木々は軒並み薙ぎ倒され――抉れた地面がまるで道のようになっている。

 攻撃を受けたと理解するのは難しくはなかった。


(なら、どうして私は……?)


 ポタリと、頬に水が落ちるような感覚に気付く。

 そして、聞こえてきたのはシエラの声だ。


「アルナ、大丈夫?」

「シエラ、さ――」


 視界に入ったのは、頭から血を流すシエラの姿だった。

 アルナはすぐに身体を起こした。

 頭だけではない――身体のあちこちに深手を負っている。

 アルナの身体には、ホウスから受けた火傷などはあるが、大きな怪我はしていなかった。


(私を庇って……!)


 アルナは先ほどの光景を思い出す。

 別の方向から受けた攻撃――つまり、エルムの攻撃からシエラはアルナを庇ったのだ。

 巻き込まれないようにと立ち回るつもりが、気付けばホウスとの戦いに夢中になって気付けなかった。


「防御の魔法なんてあまり使ったことないけど、上手くいったね」


 深手を負いながらも、シエラはそんなことを口にする。


「上手くいったって……シエラさん大怪我しているじゃない!」

「……? 私は平気だよ?」


 明らかに平気なようには見えない。

 表情はいつもと変わらないが、血を失っているからか顔色は悪い。

 それでもシエラが立ち上がろうとする。

 パサリと、シエラの懐からノートが落ちた。

 それを拾おうとするシエラの手が、少し震えているのが分かる。


「……っ! もう――もういいの、シエラさん」

「……アルナ?」


 シエラの手を強く握り、アルナはそう言った。

 これを言ってしまえば、きっとシエラは従ってくれるだろう。

 けれどそれは――アルナにとっては全てを諦めるということだった。


(私には、もう……)


 これ以上、シエラに無理をさせることはできない。

 一緒にいてくれたシエラに対して、唯一の友達と言えるシエラだけは生きていてほしいと、そう願った。

 アルナは静かに口を開く。


「まだ、動けるのよね? それなら、シエラさんはもうここから逃げて」

「……逃げる? どうして?」

「どうしても、よ」

「まだあの人、倒してないよ」

「……っ、倒さなくていいって、言っているのよ……」

「なん――」

「なんでもよ! とにかくここから逃げるの!」


 思わず声を荒げてしまう。

 シエラは少し驚いた表情をしていた。


「逃げる理由がないよ」


 それでも、シエラはそんな風に返す。

 諭すように言っても、シエラはきっと逃げるようなことはしないだろう。

 だから、そうだ――伝えるべきことははっきりと伝える。


「……貴方はもう、いらないと言っているのよ」

「……どういうこと?」

「そのままの意味よ。貴方が強いと思ったから、利用させてもらっただけだもの。その怪我じゃ――どう頑張っても勝てないでしょう。だから、貴方はもういらないの」


 アルナははっきりと言い切った。

 ちらりと見たシエラの表情は、悲しそうに見えた。

 けれど、アルナはそのまま背中を向ける。


「……分かったのなら、すぐに消えて。私に貴方は必要ない」

「アル――」

「うるさいっ! 早く消えて!」


 ピシャリとそう言い切るアルナ。

 シエラの方には振り返らない。

 拳を握りしめて、アルナははっきりと拒絶の言葉を告げたのだ。

 ふらりと立ち上がったシエラが、その場から去っていくのが分かった。

 アルナがようやく後ろを見ると、そこにシエラの姿はない。


(シエラさんなら、逃げ切れるはず)

「興醒めだ」

「……っ!」


 やってきたのは、シエラと戦いを繰り広げていたエルムだ。

 あれほどの攻撃を放っても、エルムからは疲れた様子は見えない。

 アルナと戦っていたホウスの姿はない。

 アルナとシエラが相当な距離を飛ばされてきたというのが分かる。

《漆黒の剣》を握り、アルナの前に立つ。


「まあいい……アルナ・カルトール――まずはお前を殺すとするか」

「……シエラさんはもう、戦うつもりなんてないわ。狙うのはやめて」

「ふはっ、暗殺者に懇願するとは……中々面白い娘だ」


 アルナにできることはそれくらいしかなかった。

 暗殺者相手に願ったところで、叶うようなはずもない。

 けれど、アルナの目的は少しでも時間を稼ぐことだ。

 王都で見せたシエラの動きなら、多少でも時間があれば遠くへ逃げられるだろう。

 シエラでも――今の状況を考えれば、姿をくらますくらいのことができるはずだ。


「お前も対象だが、俺の興味はシエラ・ワーカーにしかない。エインズ・ワーカーの娘というから期待していたのだが、当てが外れたな」

「だったら――」

「だが……ダメだな。お前の言うことを聞く必要もあるまい。仮にも俺は仕事でここに来ているのだからな。お前を殺してから、シエラ・ワーカーを追うとしよう」

「……っ!」


 分かっていたことだ。

 アルナにできることはもう残されていない。

 シエラですら勝てなかった相手に、アルナが勝つことなどできるわけがないのだから。

 それでも、アルナは再び青白く輝く剣を作り出す。

 ほんの少しでも長く生きる――それが、今のアルナにできることだ。


「それでいい。何もせず殺されるのはお前も不満だろう」


 アルナに対して、エルムが剣を振りかざす。


(不満も何も、不満しかないわよ)


 思わず笑ってしまいそうになる。

 誰も殺されたいなんて思わない。

 できることなら平和に、やりたいことをして生きていたいと思う。


(シエラさんとも、もっと……)


 アルナは目を瞑る。

 そんなアルナの願いは、振り下ろされた剣と共に消える――ズンッと地鳴りのように響く音と衝撃が周囲に響いた。


   ***


 どうしたらいいのか、シエラには分からなかった。

 アルナには必要とされていないと、はっきりと言われたのだ。


(わたしは……)


 傷だらけの身体でも、シエラは森の中を駆けることができた。

 まだ動ける、まだ戦える――けれど、アルナはシエラを必要としないと言った。

 いらないと、はっきりと拒絶された。


「……」


 ピタリと、シエラは動きを止める。

 手に持った『凡人ノート』に目をやる。

 エインズの残したノートには、『寝る前にトイレと歯磨きを済ませるように』だとか『体調に気をつける方法』だとか――そんな当たり前のことばかりだ。

 アルナが手に持っていたノートは、先ほど落とした時に開いていたページのままだった。

 困った時にはノートを見るように――そのためのノートだ。

 今、シエラはどうしていいか分からなくなっていた。

 アルナと一緒にいたいと思っても、アルナがそれを拒絶する。

 そうなると、シエラにできることはない。

 今のシエラでは、エルムに勝つことはできないのだ、と。

 シエラは、迷いながらもそのノートに視線を向ける。


「――!」


 ノートの内容を見て、シエラは少し驚いた表情をした。

 そして――小さく笑みを浮かべる。

 シエラも気付くことのないくらい、自然にこぼれたものだった。


「そっか……それなら、いいんだ」


 シエラはそう呟いて、再び動き出した。


   ***


 その音は、アルナの耳に届いた。

 自身の身体には衝撃も、何も感じない。

 アルナがゆっくりと目を開く。

 目の前に立っていたのは、大剣を受け止めるシエラの姿だった。


「シエラ、さん……!?」


 シエラはすぐに身体を回転させると、勢いのままにエルムの腹部に蹴りを入れる。

 およそ華奢な身体から繰り出されるとは思えない一撃は、エルムの身体を遥か後方へと吹き飛ばす。

 傷だらけの姿で、アルナの前に立つ。


「どうして……」


 どうして戻ってきたの――アルナはそう声に出そうとするが、途切れてしまう。

 シエラの表情はいつもと変わらない。

 ただ、アルナの傍に寄るとシエラは口を開く。


「わたしは、アルナと一緒にいたいから」

「そんな、理由で――」

「それしかないよ。アルナは色んなことを教えてくれるし、わたしの面倒も見てくれるし、優しいし――一緒にいて楽しい。わたしはアルナと友達でいたいと思ったから。アルナは、違うの?」

「私は……」


 その気持ちに答えてはならない――一緒にいる資格も権利も、今のアルナにはないと思っていたからだ。

 そのために拒絶の言葉を、シエラに言ったのだから。

 だから――


「私、は……貴方と一緒には……いられないわ」

「アルナが今の顔してるとき、何となく分かるよ」

「……え?」

「考え事してる時、いつもそうだった。わたしは笑ってるアルナが好き」

「……っ!」


 シエラはまた一歩、アルナの傍に近づいた。


「本当のこと、聞かせて?」

「私……だって……」

(ダメよ、言っては――)


 そう思っても、アルナの口から自然と言葉が漏れる。


「私だって、一緒にいたいと思っているのよ……! でも、貴方が傷つく姿はもう見たくないの! だって、貴方は私にとって大切な、友達だから……!」


 抑えていたはずの感情が溢れ出す。

 シエラはアルナの言葉に静かに頷くと、


「……ありがと。もう、大丈夫だから」

「シエラ、さん……?」


 シエラの表情は、今までに見たことがないほどに穏やかだった。

 戦う時に浮かべる笑みとは違う――自然とシエラが浮かべた微笑みだ。


「ふはっ、今の一撃は中々良かったぞ。シエラ・ワーカー!」


 嬉しそうな声を上げ、エルムが戻ってくる。

 常人ならば立ち上がることも難しそうな一撃でも、ダメージがないかのように向かってくる。

 シエラは臆することなく再びエルムと向かい合う。


「わたしは、あなたを殺す」


《赤い剣》を向けて、シエラはそう宣言する。

 エルムはそれを受けて、大剣を振りかざす。


「やってみるがいい。『戦場の二本の《赤い剣》』……その片割れの力を見せてみろ」

「少し違う」

「……なに?」


 エルムの言葉を、シエラは否定する。

『戦場の二本の《赤い剣》』――それは、エインズともう一人の存在を指し示す言葉だとして知られている。

 戦場を知る者ならば知っている言葉だ。

 だが、そうではない。

 それは、シエラとエインズを指し示す言葉ではない。


「その言葉は、わたしそのものだよ」

「まさか」


 シエラの言葉に、エルムが何かに気付いた。

 赤い剣を右手に握りしめたシエラは、さらに左手を構える。

 ――もう一つの赤い剣が、その手には握られていた。


「《デュアル・スカーレット》――それがわたしの剣の名前」

「二本の《装魔術》、だと……!?」

「『大切な友達のためなら、本気を出してもいい』んだって。だから私は、本気であなたを殺す」


 ノートに書いてあったことは、そんな当たり前のことだ。

 それでも、シエラにとっては大きな発見だった。

 シエラにとってアルナは大切な友達で、アルナにとってもシエラは大切な友達だ――それならば、もう迷う必要はない。

 二本の剣を構えたシエラが、そう言い放った。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] cool!nice!great!interesting! Sierra,女性の主はとても強くてかわいい女性です,彼女は力が強いが、他の方面にはまだ無知だ。Aruna,彼女は後継者です,彼女…
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