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34.それぞれの戦い

「シエラさん……」


 およそアルナには手の出しようのない戦いだった。

 むしろ、近くにいれば巻き込まれてしまう――そう懸念して、アルナは距離を取ろうとする。

 シエラとエルムの二人が剣を合わせただけで、大気が揺れるような感覚を、アルナも感じていた。


「化物同士の戦いだな、こりゃあ」


 ホウスが二人を見て、そんなことを呟く。


「貴方……! 講師としてだけでなく、人としても間違っているわ!」

「この状況でも説教か? お前を守ってくれるあいつは今この場にはいないんだぜ」

「……!」


 アルナが身構える。

 だが、ホウスは肩をすくめて、


「元教え子のお前には情けをかけてやりたいが」

「……貴方に教えてもらった覚えなんてこれっぽっちもないわ」

「違いねえ。これを機に、また傭兵生活にでも戻るしかねえか」


 元傭兵――学園の講師に実戦経験のある者が在籍することは少なくはない。

 ある程度の実力も保証され、魔法の知識も優れている者が多いからだ。

 実際、ホウスも優秀な魔導師ではあった。

 ――決定的に、その性格が歪んでしまっているが。


「心配すんなよ。何のために依頼したと思ってんだ。お前も含めてあの男に殺されるんだ。それまでは生きていることを楽しんどけよ」

「……! 貴方――」


 アルナの声を遮ったのは、火の魔法だった。

 アルナの周囲の木々に燃え移り、途端に山火事のように広がっていく。


「だが、俺も待っている間暇なんでな。あいつへの鬱憤は、お前で晴らさせてもらうぜ」


 ホウスはそう言い放つと、《方陣術式》を展開する。

 九つから構成されるそれは中級魔法――アルナを殺すためのものではなく、痛め付けるためのものだ。


「《ファイア・ブレス》ッ!」


 ゴウッと燃え盛る炎がアルナに迫る。

 防御か回避か――アルナの判断は早かった。

 その場から駆け出して、ホウスから距離を取る。

 元講師であり、実戦経験もあるホウスとアルナでは実力に違いがありすぎる。


「はっはっ、逃げろ逃げろ!」

「……くっ!」


 ホウスの炎から、アルナは逃げることしかできない。


(シエラさんが戻ってくるまでは――戻ってくる、まで?)


 そう、一瞬考えた時にアルナの頭の中で別の考えが過る。

 最初は一人で生き抜くつもりだった。

 シエラと出会って、シエラが守ってくれるからと――それでアルナは強くなることをやめたわけではない。


(そうよ、私は……自分で自分を守れるようになりたかった。そして、それができたら――)


 生きるために利用するなんて考えることもなく、きっと誰かと一緒にいられる。

 そのために強くなる必要が、今のアルナにはあった。

 アルナが走るのをやめる。

 その後ろから、ホウスがゆっくりと迫る。


「なんだ、もう逃げるのはやめたのか?」

「……ええ、もう逃げないわ」

「つまらねえな。もうちょっと遊ばせてくれよ!」


 ホウスが叫びながら、炎を繰り出す。

 それをかき消したのは――青白く輝く一本の剣だった。


「っ!? てめえ、それは……」


 ホウスが驚きの声を上げる。

 アルナは心の中で、シエラの言っていたことを思い出す。


(ガーッてして、ギュッとする……だったかしら。本当に、変な教え方)


 思わずくすりと笑みを浮かべたアルナは、すぐに表情を戻しホウスと向き合う。

 剣先を向けて、ホウスへと宣言する。


「私は、逃げるために生きているわけじゃない。私の存在が、カルトール家の未来にも繋がる。だから、私が貴方を倒す!」

「……《装魔術》だと? 見るだけでも腹が立ってくるぜ……てめえ覚悟はできてるんだろうな?」


 怒りに満ちたホウスの感情を表すように、周囲の炎が激しさを増す。

 アルナはそんなホウスに対して、決意に満ちた表情で向き合った。


 ***


 シエラは元々戦場で育てられた。

 それ以外のことには興味もなければ、戦いこそが彼女にとってもっとも楽しめることだったからだ。

 強敵――そう思える相手が、シエラには少ない。

 ドラゴンと戦う時は、エインズにその動きの特徴を教わりながら戦った。

 今、エインズは傍にはいない。

 少なくとも、目の前の相手が今まで戦った相手の中でも五指に入る実力者であるということは、シエラにもすぐ理解できた。

 だからこそ、今の状況は楽しくさえ感じられる。


(けど……最近は……)


 剣を交えながら、シエラは思考する。

 一振り一振りがまともに受ければ致命傷になりかねない――そんな状況でも、シエラは考える。

 だが、それを許すような相手ではない。


「《ダーク・コール》」


 わずかに距離を取った瞬間に、エルムが展開したのは《方陣術式》。

 シエラは描かれた術式から何の魔法が発動するかすでに把握していた。

 さらに後方へと跳躍する。

 地面からシエラの下へと動き出したのは、いくつもの人間の手のようなもの。

 それがシエラを追いかけるように動くが、剣の一振りでそれをかき消した。

 すぐにエルムが距離を詰める。

 横一線――シエラはそれを剣で防ぐが、横から打ち上げるような攻撃はシエラの軽い身体を浮かせる。

 エルムが大剣を振り切ると、シエラは再び吹き飛ばされる。


「二度は効かない」


 シエラは空中で体勢を立て直すと、木の側面に足をつける。

 そのまま一瞬張り付くようになるが、すぐに足をバネにしてエルムとの距離を詰めた。

 駆け抜けるように一閃――だが、防がれる。

《暗殺者》を名乗ったエルムだが、以前やってきた者達とはまるで別格だ。

 むしろ、まともにシエラと戦おうという時点で、エルムのそれは暗殺ではない。


「本当に暗殺者らしくないね」

「だろう? よく言われるのだが……男は目立ってこそ輝ける。そうは思わないか?」

「よく分からない」

「分からんだろうなぁ!」


 ならば何故聞いたのか、そんな疑問を口にする前に、エルムが動く。

 再び剣と剣がぶつかり合う。

 エルムの持つ剣もまた、《装魔術》で作られた剣だ。

 そうでなければ、いくら魔力で強化した剣であっても、シエラの剣と打ち合えるのは数撃程度にしかならない。

 仮に装魔術が使えたとして、シエラと打ち合えるのもまた異様なことだ。

 訓練された暗殺者、とある国で英雄と呼ばれた騎士――そんな者達でも、シエラと渡り合うことはできないからだ。


「やはり、解せんな」


 打ち合いの最中、不意にエルムが口を開く。

 その間にも、二撃、三撃とシエラが追撃を加えるが、いずれもエルムは防ぎきる。

 やがて、互いの剣がぶつかり合って、均衡した。


「そんなにおかしい?」

「おかしいとも。俺はお前を殺すつもりで戦っている。だが、お前は死なない」

「戦ってるんだから当たり前だよ」

「そうではない。俺が殺す気で戦っているのだ」


 エルムは自分が殺す気で戦っているのにシエラが死なないのはおかしい――そんなことを言っているのだ。


「それはわたしも同じだよ。殺そうとしてるのに中々死なない」

「ふはっ、言うではないか。今の俺から見て……お前が俺に勝てる可能性はゼロだ」


 はっきりとそう宣言するエルム。

 ピクリと、シエラはわずかに反応する。

 戦いの中でのみ、シエラの思考は研ぎ澄まされる。

 次に相手がどう動くか、どうすれば一撃をエルムに叩き込むことができるか――考えることはそればかりだ。

 そんな中でも、時折シエラには雑念が入る。

 戦って、戦って、戦って――ぐるぐる回る思考の中にあるのは、戦いよりも楽しいと感じたことがあるということ。


(そうだ、アルナと一緒のときだ)


 それを理解するのに、随分と時間がかかった。

 アルナは色々なことを教えてくれる。

 学園での生活もそうだ。

 シエラは、今の生活を楽しんで生きている。

 戦いの最中にそれに気付くことになるとは、シエラも思わなかった。


「今度は何だ」

「……?」

「随分と驚いた顔をしているな。意外と表情が豊かではないか」

「うん、よく言われる」


 その瞬間、再び二人が距離を取った。

 エルムの剣に強力な魔力が帯びていくのが感じられる。

 回避――打ち合いではなく、シエラがそう考えたのは、その一撃を放ったエルムに少なからず隙ができると考えたからだ。

 シエラはすぐに動く。


(避けてからの一撃……これなら――)


 動いたシエラは視界の端に、傷付いたアルナの姿を捉える。

 避けなければならないという、シエラの思考はすぐに切り替わった。

 ――エルムの一撃は、二人に向かって放たれた。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
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