33.シエラと《竜殺し》
――その男の名はエルム・ガリレイと言った。
《竜殺し》という名を冠するほど、エルムはドラゴンを倒してきた。
ドラゴンを倒せるほどの人間は、地上に数えるほどしかいない――そう言われている中で、竜殺しの名を冠しているのだ。
それほどの強さを持った男が目指した称号は、あくまで《最強》であるということ。
最強種であるドラゴンも倒せる彼にとって、それはもっとも近い称号であると同時に、遠い称号でもあった。
――《傭兵》エインズ・ワーカー。その男と出会った時から、エルムの目標はただ一つ――彼を超えることだけだった。
***
大きな爆発音のあと、周囲は静寂に包まれた。
パラパラと砂埃が散っていく中、徐々に視界が晴れる。
地面を抉ったクレーターの中に立っていたのは、一人の男だった。
「ふむ、今の反応速度にその《赤い剣》――エインズの娘というのは間違いなさそうだ」
鎧に反響するような声で、それでも嬉しそうに男は言った。
男が見据える先に立つのは、シエラだ。
シエラの横には、呆然とした表情で男を見るアルナがいる。
その桁違いの攻撃力――それこそ、本当に隕石でも降ってきたかのように思えたそれは、一人の人間によって引き起こされたものだ。
「あなた、誰?」
攻撃をギリギリのところでかわしたシエラは問いかける。
エインズの娘――シエラのことをそう呼ぶとしたら、少なからず父の知り合いである可能性は高い。
黒ずんだ鎧の男はゆっくりと一歩ずつ歩を進めた。
「俺の名はエルム・ガリレイ――《暗殺者》だ」
「自分で言った。でも、すごく目立ってるね」
「ふはっ、よく言われる」
思わずシエラも突っ込みを入れてしまう。
そんなシエラの突っ込みに笑って答えるエルム。
これほどの目立つ攻撃をして、それも名乗る暗殺者など見たことがない――エルムがシエラの言葉を聞いて、頭に手を当てる。
「嬉しくてつい名乗ってしまった。まあいいだろう……俺は別に――」
「ごほっ、くそ! 殺す気か!?」
エルムの言葉を遮るように、少し離れたところから出てきたのはホウスだった。
土埃にまみれた彼がエルムを睨むが、エルムはホウスに目をくれることもない。
「誰だ、お前は」
シエラと同じような言葉をホウスに投げ掛ける。
ホウスは怒りに満ちた表情で叫ぶ。
「依頼人だ! こいつらを誘き寄せるだけでいいって聞いてたが、死にかけるなんて思ってなかったぜ」
「対象の傍にいるから殺してよいものだと思っていた、すまんな」
「な……このっ……!」
「マグニス、先生……? どういうこと、ですか」
「あ? 言葉のままだろうが。俺がお前らの暗殺を依頼した。そういうことだ」
「……っ! そんな……どうして」
アルナの表情が驚きに満ちる。
ホウスは悪びれる様子もなく答えた。
「はっ、お前らが悪いのさ。特にアルクニス……お前は俺の魔導師としてのプライドに傷をつけた」
「……! そんな理由でシエラさんを狙ったの!?」
「そんな理由、だと? 魔法で生きてきた人間にしか分からねえよ……てめえみたいなガキには分からねえ」
シエラはホウスの方をちらりと見るが、すぐにエルムの方に視線を戻した。
「正解だな。あと少し視線を逸らしていればお前の首は飛んでいただろう」
そう言いながら、エルムが剣を構えた。
それは――決して低くはないエルムの身長をゆうに超える大剣。
《漆黒の剣》がシエラとアルナに向けられた。
シエラも一歩前に出る。
「シエラさん……」
「大丈夫」
不安そうにシエラの名を呼ぶアルナに答える。
シエラはアルナの方を見ることなく、尋ねる。
「この人を倒したら、またアイス買ってくれる?」
その問いかけは、形式的でも仕事を受けるということ。
シエラの問いかけに対して、アルナはすぐに答えられない。
静寂のあとに、シエラが確認するように問いかける。
「……アルナ?」
「……ええ、いいわ」
静かな声で、アルナが答えた。
シエラはこくりと頷いて前に出る。
赤い剣を構えると、エルムと対峙した。
エルムもまた、それに応えるように動く。
二人の距離はまだ離れているが、十数メートルの距離でピタリと動きを止めた。
シエラは表情を変えることもなく、静かに言い放つ。
「わたしは、あなたを殺すよ」
「できるものなら――」
エルムが答える前に、シエラが動いた。
地面を蹴って、エルムとの距離を詰める。
エルムの持つ漆黒の剣は太く、そして大きな剣だ。
他方、シエラの持つ赤い剣は直剣だ。
間合いで言えばエルムの方が広く有利に見えるが――シエラのレベルになれば間合いなど関係ない。
相手が振るよりも早く間合いを詰めればいいのだ。
だが――それは相手も同じことだった。
「人の話は最後まで聞くものだ」
「っ!」
残りわずか数センチのところで、シエラは視界の端に黒い塊を捉える。
それはエルムが振りかぶった漆黒の剣――シエラが距離を詰めるよりもわずかに早く、エルムの剣がシエラに届いたのだ。
シエラは咄嗟に剣でその一撃を防ぐ。
強い衝撃がそこから伝わると同時に、シエラの小さな身体が吹き飛ばされる。
「……!? シエラさんっ!」
アルナの動揺する声が響いた。
シエラはすぐに態勢を立て直し、エルムの方を視認する。
そこにエルムの姿はない。
(右……左――上!)
シエラが上空を確認すると、剣を天高く掲げながら、シエラの方へと跳躍するエルムの姿があった。
剣に強い魔力を纏わせた状態で、エルムがそれを振り下ろす。
生み出されたのは黒い衝撃波――周囲の木々が衝撃波に吸い込まれるように揺れる。
シエラも同様に魔力を込めて、剣を振るう。
赤い剣撃と黒い剣撃がぶつかり合い、より大きな衝撃を生み出した。
相殺はした――シエラはそう判断したが、霧散していく魔力の塊の中を突っ切るように、エルムがシエラへと剣を振り下ろす。
シエラはそれを剣で防ぐが、上空からの攻撃の勢いを消しきれない。
華奢な身体が後方へと飛ばされ、大木に叩きつけられる。
「……っ」
わずかにシエラの表情が揺れる。
押し負けたという事実が、シエラにも理解できたからだ。
「……解せんな」
攻撃の手を止めたエルムが、不意にそんなことを口にする。
シエラは首をかしげて問い返す。
「何が?」
「エインズ・ワーカーと同じレベルの強さと聞いていたが……とてもそうは思えんということだ。決して弱いというわけではない――だが、この程度ならば俺がやるほどでもない。それでも……不思議なものだが、俺から見てお前がまだ本気を出しているとも感じない。まだ、何か隠しているな?」
エルムの感じている疑問――それは間違ってはいなかった。
シエラという少女は、今でもエインズの教えに従うという強い意志を持っている。
それが命のかかった戦いであったとしても例外にはならない。
シエラは表情を変えることなく答える。
「別に、何もないよ」
「……だとしたら拍子抜けも良いところだ。いいだろう、さっさと殺して終いにしよう」
「――いいよ、やってみて」
エルムの言葉を聞いて、シエラの表情がようやく変わる。
以前、ホウスによって頭部に一撃を受けたときのように、シエラは笑っていたのだった。





