32.シエラ、買い物をする
パン屋で食事を済ませたシエラとアルナが次に向かったのは、小物などを取り扱う商店だった。
アルナはティーカップなどにこだわりがあるらしく、見た目や雰囲気の気に入ったものを買うのだという。
シエラからするとあまり興味の出ないものだったが、アルナに連れられて商品を見ていく。
「こういうのとか、シエラさんはどう思う?」
「いいと思う」
「じゃあこれは?」
「いいと思う」
「……シエラさん、きちんと見てる?」
「あんまり。良い物とか、分からないから」
アルナの問いかけに素直に答えるシエラ。
特にセンスが問われそうなものをシエラに聞かれても、返答に困るからだ。
「別に、良い物である必要はないのよ?」
「そうなの?」
「ええ、その……一緒に選んだものが良い物になる? って言えばいいのかしら。こうやって誰かと選んだりすることもなかったから」
アルナが少し照れた表情をしながら言う。
シエラにも、アルナの言いたいことは理解できた。
「どれでもいいなら、これとか」
シエラは一つのカップを手に取る。
花柄のシンプルなものだが、アルナもそれを見て頷く。
「素敵ね。シエラさん、こういうのが好きなの?」
「この花、父さんと山で見たことがあるから」
「お父様と?」
「うん。いいところだった」
「そうなのね。それなら、これを二つ買おうかしら」
アルナはシエラの選んだカップを手に取る。
シエラの父との思い出話はきっと良いものだろう――そうアルナは考えているが、シエラとエインズが山でその花を見たのはとある国の戦地で山間に散開した兵士と交戦したときのことだ。
そんな場所でも花の話をするくらい、親子には余裕があったと言えるが。
アルナがティーカップを買おうと店員と話している間に、シエラも買う物を選ぶ。
(アルナは可愛い物が好き)
アクセサリーのような小物ならアルナも付けやすく、シエラとしても可愛いと思える物を選びやすい。
シエラは一つのアクセサリーを手に取る。
「《ドラゴン》……?」
ぽつりとシエラが呟いた通り、手に取ったのはデフォルメ化されたドラゴンのアクセサリーだった。
この世界においても最強種として知られる存在ではあるが――本の登場人物に選ばれたり、あるいは伝承があったりと、ドラゴンにまつわる物は多く取り扱われている。
このアクセサリーについてもまさにそうだろう。
その強さにあやかろうという意味で、お守りにも使われていることがある。
(……可愛い、かな?)
シエラの感性からすると、普通のドラゴンに比べれば圧倒的に可愛らしいものだ。
ドラゴンのアクセサリーを筆頭に、シエラは色々な物を見て回る。
(……うん、やっぱり、これがいいかな)
シエラはプレゼント用に選んだアクセサリーを買うと、入り口付近で待っていたアルナと合流する。
「何か買っていたの?」
「うん、ちょっとしたもの」
ポケットにしまったまま、それをすぐにアルナに手渡そうとはしない。
以前エインズは言っていた――女性に対してのプレゼントはムードが大事、と。
そんな酔っ払ったときのエインズの言葉を無駄に覚えていたシエラは、ムードなどまるで分かるはずもないのにタイミングを見図ろうとしていた。
(戦いにおいてもそう……タイミングは確かに大事だよね)
――微妙な勘違いをしつつも、シエラとアルナは買い物を終えて店を後にする。
特に予定を決めているわけではなく、二人はまた道から外れて話し合う。
「次はどこ行きましょうか? シエラさんはどこか行きたいところとかある?」
「どこでもいいよ」
「うーん、そう言われると困ってしまうのよね――」
「それなら、俺に付き合ってもらえねえか?」
アルナの言葉に続けて答えたのは男の声だった。
アルナが驚いた様子で振り返ると、そこにいたのは学園の講師を勤めていた男――
「マグニス、先生……!?」
「久しぶりだな、カルトール。それに、アルクニス」
「久しぶり」
「……何かご用ですか?」
シエラは特に警戒する様子もないのに対し、アルナはすぐにシエラを庇うような仕草を見せた。
シエラに怪我を負わせて学園を追放されたのだ――アルナが警戒するのも無理はない。
そんなシエラとアルナに対し、ホウスは深々と頭を下げて、
「すまん、お前達が警戒するのもよく分かる。だが、俺はお前達に謝りに来たんだ」
そんな風に言ったのだった。
***
夕刻前――それを知らせる鐘の音がまだ王都には響いていない。
王都で暮らす人々は鐘の音でも分かるようになっていた。
この鐘の音が何度も響くと、例えば王都の近くで危険な状況が確認されたということの知らせになる。
例えば巨大な魔物の接近などが挙げられるだろう。
もっとも、ここ数年ではそのような事態は発生していないが。
学園から少し離れた噴水のある広場に、アルナとシエラ――そしてホウスはいた。
形式的なものではなく正式に謝罪したいと、ホウスは二人に言ってきたのだ。
まだ警戒している様子のアルナに対して、シエラはいつもと変わらない様子で言う。
「わたしは気にしてないよ」
「お前はそう言うがな。俺は気にするんだよ。色々と悪かったな」
「……マグニス先生がシエラに謝りたいというのは分かりました。でも、どうして急に?」
「別に急でもねえさ。今日、俺は正式に講師職を除籍になった――改めてやっちまったことを反省したってだけさ」
噴水の前に座ると、ホウスは空を見上げる。
どこか清々しい表情をしたホウスに、アルナも以前との雰囲気の違いを感じたようで、
「……シエラはこういう性格ですから、きっと怒っていないというのは本当です。シエラのことだから、私が口出しするのも変なのかもしれないですが、私は先生のことは許していません」
「だろうな。だが、許してもらおうとも思ってねえさ」
アルナの言葉を聞いて、フッと笑みを浮かべるホウス。
「謝りたいって言ったのに許してもらうつもりはないって、どういうことなんですか?」
「別に、言葉通りの意味だぜ。許されるようなことはしてねんだろうさ、俺は。カルトール……お前は優秀な生徒だったからな。俺の言いたいことは分かるだろ?」
「……許されないと思っていることと、許される努力をするのとは違います」
そうはっきりと言うアルナ。
そんなアルナに対して、ホウスは俯きながら答える。
「お前は立派な貴族だな」
「貴族とか、そういうのは関係ありません。私は――」
「アルナ、こっちに来て」
「? シエラさん、どうしたの?」
不意にシエラがアルナの服の裾を引く。
少し驚いた様子で、アルナがシエラの方を見た。
その表情はいつもと変わらない――だが、周囲に鋭い視線を送っているというのは分かった。
「気付くのが早いな。まあ、俺の役目はあくまで時間稼ぎだからよ」
「時間稼ぎ……? 何を言って――」
そこで、アルナも気付く。
周囲にはいつの間にか人の姿はなく、アルナとシエラと、目の前にいるホウスしかいなかったということに。
「大掛かりな魔法は発動にも時間が――これくらいなら楽なもんだよなぁ?」
にやりと笑うホウスの姿を見て、シエラは理解した。
周囲に感じる気配も別の魔導師によるものだと――気付いたときには、地面に広がる巨大な《方陣術式》の光に包まれていた。
シエラは咄嗟にアルナを抱き寄せる。
強い光が視界を覆い、それが晴れると広がったのは都の風景ではなく、木々に覆われた森の中だった。
「ここ、は……?」
アルナが周囲を見渡して確認する。
だが、状況を確認する前に、シエラの声が耳に届く。
「アルナ!」
それは今まで聞いたこともない、シエラの焦るような声だった。
アルナの後方の空から降ってきたのは隕石――そう見間違えるような魔力の塊。
それが落下すると同時に、森は爆風に包まれた。





