3.シエラ、学園を目指す
巨大なヤスデの魔物が次々とやってくる。
王都近辺の森にこれだけ現れるということは、
(近くに洞窟か……巣があるのかな)
迫り来るヤスデを切り伏せながら、シエラは冷静にそんな分析をしていた。
だが、わざわざ巣を潰すつもりはない。
シエラの目的はあくまで行商人の馬車を逃がすこと。
ここまで送ってくれたお礼だ。
真紅の剣を振るい、シエラが森の中を駆ける。
ヤスデの魔物に限らず――虫の魔物の類いは特に恐怖心というものが薄い。
どれほど無惨に仲間が殺されようとも、次々と襲いかかってくる姿は訓練された兵士のようだった。
だが、それ以上に異常なのは、そのヤスデの魔物を淡々と倒し続けるシエラの方だった。
シエラはこれが日常であったために、特に気にすることなく戦いを続けていた。
――これで、シエラは父の残した『凡人ノート』に従い手加減をしている。
唯一の問題は、父のエインズが残したそのノートの『本気を出さない』とは、あくまで王都での暮らしで力を出しすぎないことを指していた。
常日頃からの生活への指摘ではないのだが、そこまではシエラには伝わらない。
剣を振るえば、出現するのは赤い軌跡――それが離れたヤスデの魔物に触れると、綺麗に切断する。
しばらく戦ったところで、不意にシエラは木の上へと跳躍した。
まだ何体か残っているようだが、かなりの数を掃討した。
それに、すでに行商人の馬車は森の外の方へと逃げ切ったようだ。
(あっちの方が王都だね。もう十分かな)
シエラはそう判断すると、最後に木の上へと登ろうとしたヤスデの魔物に対して真紅の刃を投げ付けて跳躍する。
磔にされたヤスデの魔物を背に、木々の上を跳んで移動していく。
(王都……久しぶりな気がするけど、学園っていうのはどんなところかな?)
すでにヤスデの軍勢と戦ったことも忘れたように、シエラは次の目的地のことを考える。
エインズは『友達』のできるところだと言っていたが、シエラにとって友達というのがどういうものか分からない。
エインズでいうところの、仕事仲間といったところだろうか。
子供のシエラは一緒に酒を飲んだりすることはできなかったが、飲み会に参加するエインズは楽しそうだったと記憶している。
(ああいうのだったら、少し興味あるかも)
そんな風に、シエラは考える。
実際にシエラが編入試験を受けるのは明日の予定で、一先ずは王都で宿を探すところからだった。
「よし、友達作り頑張ってみよう」
そんなことを呟きながらシエラは森を後にする。
森に蔓延っていたヤスデの魔物の多くは、こうして人知れずシエラによって討伐されたのだった。
***
シエラが森を後にしてからしばらくのことだ。
森の中に、鎧を来た者達がやってきた。
彼らは王都から派遣されてきた《王国騎士》だった。
ヤスデの魔物が森に出没しているという話を受けて、騎士達はやってきたのだ。
「これで全部か?」
「おそらくは」
騎士隊長の男の問いかけに、若い騎士が答える。
実際に戦ったヤスデの魔物はごく少数だった。
騎士達が到着した時点で、ヤスデの魔物のほとんどは倒されていた。
(ほとんどが同じ殺され方をしている……同じ人物がやったことは分かるが、これほど綺麗にやれるものなのか……?)
騎士隊長が驚くのも無理はない。
それほどの剣術を持つ者を、同じく剣を扱う者としても知らなかったからだ。
報告をした行商人によれば、王都を目指す途中で拾った少女がこの場に残ったとのことだが、少女の死体は見つかっていない。
そうなると、その少女がヤスデの魔物達を綺麗に掃討したことになる。
「……一体、何者だ……?」
魔物を倒した張本人である少女――シエラに繋がる証拠はない。
だが、王都に入る前から少しずつその存在が目立ち始めてしまっていることを、シエラは知るよしもなかった。