27.シエラ、ベランダから入る
シエラは学園内を駆ける。
およそ人の出せる速度を越えて、すれ違う人々にはシエラだと認識できる時間もなく、あっという間に寮へとたどり着いた。
(面倒だからここから行こう)
シエラは地面を蹴ると、そのまま高く跳躍する。
ちょうど、アルナの部屋のベランダの高さまで跳んで、そこに降り立った。
カンカン、とシエラは窓をノックする。
「誰……!?」
「わたし」
「――って、シエラさん!?」
驚きの声と共に、部屋のカーテンが開かれる。
まだ日も暮れていないというのに、アルナは締め切った部屋の中にいた。
「ど、どうしてベランダなんかに……いいわ。とりあえず中に入って」
「うん」
促されるがままに、シエラは部屋の中に入る。
相変わらず綺麗に整理された部屋だった。
ベッドには制服の上着とストッキングが乱雑に置かれていたが。
「寝てたの?」
「ちょっと、休んでたわね。それで、窓からやってくるなんて……まあ、シエラさんならもう驚かないけど、どうしたの?」
アルナの適応力は中々のもので、シエラならそれくらいやるだろうと納得するようになっていた。
シエラはアルナの問いかけに答える。
「うん、魔法教える約束してたと思って」
「それは以前約束したけれど……急にどうしたのよ? 今日は勉強の約束もあったでしょうに」
「分からないけど、思い出したからここに来たよ?」
「分からないって……」
少し呆れたような表情でため息をつくアルナ。
シエラも思い出してすぐ行動に移したが、言われてみれば今日である必要もない。
思い立ったらすぐに行動するのは、シエラらしいと言えばシエラらしかった。
「教えてくれるっていうのはありがたいわ。でも、クラスメートの子との約束を反故にしてはダメよ?」
「気を付ける。それで、どこでやる?」
「こら、気を付けようって感じがしないわよ」
すぐに魔法の練習をしようと提案するが、アルナもまたシエラに対しては細かいところから教えていくつもりらしい。
シエラは少しだけ不服そうな表情を見せる。
「そんな顔してもダメよ」
「どんな顔?」
「ちょっと嫌そうな顔、よ。あなた普段はポーカーフェイスだから分かりやすいのよ」
「そっか」
指摘されて、シエラは少し反省する。
以前は仕事をするときも、感情は表に出さないことが正解だとエインズに教えられてきた。
普段の生活では、その辺りが上手くできていないようだ、と。
「反省する」
「いや、顔に出す出さないの反省ではなくて、約束は守るものってことよ」
「うん、そこも反省する」
アルナの言葉にシエラが頷くと、ようやくアルナも微笑みを浮かべる。
「よし、それなら今度は私が教えてもらう番かしら。学園内だったらどこも広いし、どこでもいいわよ」
そう言いながら、アルナはベッドの方へと向かう。
脱ぎ捨てた上着とストッキングを着るつもりなのだろう。
シエラはこくりと頷いて、
「うん――あ、その前に、さっき一緒だった人達、アルナと仲良くしたいって言ってたよ」
「――」
シエラの言葉を聞いて、ピタリとアルナの動きが止まった。
「アルナ?」
「……そう、分かったわ」
「話すってこと?」
「その話はまた、今度ね?」
振り返ったアルナの表情は
またどこか悲しそうに見えた。
シエラもまた、それ以上は問いかけようとはしない。
悲しそうなアルナに対して――何と声をかけていいか分からないからだ。
(今度、ノート確認しないと)
困ったときに見るように、と言われた『凡人ノート』の存在を思い出す。
そんな人付き合いに関して細かく書いてあるノートではないと、シエラはまだ知らなかった。





