24.アルナ、決意する
話を終えて、アルナは一人部屋にいた。
《最強の傭兵》と名高いエインズ・ワーカー――彼に娘がいたということも驚きだ。
それが同じ学園に編入してきたばかりの少女、シエラだというのだから。
「《赤い剣》……」
ポツリとアルナは呟く。
アルナも遠くから目にしたそれは、戦場では特にエインズのことを指し示す。
味方にすれば負けることはないと言われるほどの存在で、娘のシエラがその強さに近いものを持っているというのはアルナにも分かった。
七人もの暗殺者を無傷で、それも単独で撃破したのだ。
時間にして数分にも満たないほどだ。
シエラのことは、講師であるホウスを倒したという話を聞いた時から気になっていた。
――入学試験の内容が広まった理由は、簡単だ。
入学試験を覗いていた者がいて、それを広めた者がいる――少なからずそういうことをする人間が学園の中にはいる。
そんなシエラの話を聞いて、アルナはその強さを確かめようとした。
初めて出会った夜に、長い銀色の髪が月明かりに照らされたその姿は――とても幻想的な印象を与えた。
その時はただそれだけの印象だったけれど、翌日登校した時にはシエラの話題はアルナの耳にも入っていた。
(最低よね、私は……)
シエラに近づいたのは、その強さが知りたかったから。
誰も頼ることのできないアルナにとっては、唯一できた繋がりだった。
それはつまり、初めからシエラのことを利用するつもりだったとも言える。
だから、一緒にいてくれるというシエラに対しても――アルナは笑って答えることはできなかった。
後ろめたい気持ちの方が大きいからだ。
あの時、アルナは「それでも一緒にいてくれる?」と、問いかけるつもりだった。
シエラに対して、一緒にいてほしいと言うことはできない。
暗殺者に狙われるような自分と、一緒にいてほしいと思うことは何よりの罪だと思っていた。
それなのに、シエラは迷うことなく答えてくれた。
――わたしは、アルナと一緒にいたいから。
シエラの言葉を思い出して、アルナは拳を握りしめる。
その言葉に応える資格はないとアルナは考えている。
生きるために利用できるのなら、そうすると考えていたのだから当然だ。
「それでも、私は……」
アルナは空を見上げて、決意を固めるのだった。
***
「困ったものねぇ……」
ルシュール・エルロフは大きくため息をついた。
シエラとアルナを狙った暗殺者七人が――いずれも葬り去られたという事実に、だ。
およそ少女二人に送るレベルのものではなかったが、それでもなお失敗してしまったというのだから。
「どうなってんだよ……!」
目の前には学園講師であったホウス・マグニス。
処分待ちという立場ではあるが、ほぼ間違いなく学園から追放されることは間違いないだろう。
ホウスの言葉に、ルシュールはまた大きくため息をつく。
「どうも何も、七人送って全員やられちゃったのよ。はあ、大損害もいいところだわ」
「そんなこと言ってる場合かよ。失敗したってことは、あの二人はもう騎士にだって連絡を――」
「それはないと思うわぁ」
ホウスの言葉を遮るように、ルシュールが言い放つ。
「……どういうことだ?」
「うふふっ、あなたは知らなくていいのよぉ。うちとしては、七人もやられたという事実だけが大きいの。《組織》の暗殺者だって簡単に用意できるものじゃないのよぉ」
「それは、分かってるが……」
「まあいいわ。次の手はもう考えてあるもの。あなたにも手伝ってもらおうかしら」
「は、何で俺が……」
「規格外なものを依頼してくるからじゃない。あなただって、どのみち学園には戻れないのだから、協力しても損はないと思うわよぉ?」
それを聞いて、ホウスが少し悩んだ表情を見せる。
だが、やがて決意したように頷くと、
「俺はどうしたらいい?」
「うふふっ、ちょっとしたことをね。また今度話すわ」
「……ああ、分かった」
ホウスが酒場を後にする。
その場に残ったルシュールはグラスの酒を一口あおる。
「なーんて、七人を送った成果は十分あったけれどねぇ。《赤い剣》を持つシエラ・アルニクス――うふふっ、シエラ・ワーカーと呼ぶべきかしら」
にやりと笑いながら、ルシュールは言い放つ。
元々、ルシュールの狙いはアルナだけだった。
そこにホウスの依頼してきたシエラを加えたが、遠方から確認した者からの連絡を受けて確信した。
戦場における《最強の傭兵》――エインズ・ワーカー。
もう一人連れているという事実は一部の人間には有名な話だった。
「さぁて、そろそろ着く頃かしらねぇ……世界で一番、暗殺者に向いていない男――《竜殺し》が」
ルシュールがそう呟く。
およそ暗殺者には向いていない――そんな男こそが、シエラを屠ることに必要なのだと。