23.シエラ、アルナの話を聞く
夜――アルナの部屋にシエラはいた。
シエラは返り血を浴びた制服は脱いで、薄い寝巻に着替えている。
寝巻と言っても、下着にシャツ一枚というとても簡素なものだった。
さすがにその姿では出歩かないように、とアルナに念を押されている。
「シエラさん、紅茶かコーヒーはいる?」
「甘い方」
「甘いかどうかは人それぞれだと思うけれど……紅茶を入れるわね」
アルナはそう言って紅茶を準備してくれた。
甘い方、とシエラが言ったからか、砂糖も多めに準備されている。
ただ、入れ過ぎないように配慮されてか――テーブルに置かれている量は決められていた。
もちろん、シエラは置いてあるものについては考えずに入れてしまう。
「入れ過ぎよ、シエラさん」
「でも、甘くて美味しい」
「前にも言ったけれど、甘くし過ぎるのもよくないのよ?」
「うん、気をつける」
この点については話半分でしか聞いていないシエラ。
だが、次の話はそういうわけにもいかなかった。
アルナは外の景色に目をやると、静かに話し始めた。
「私が狙われる理由、だったわよね」
「そう、どうしてアルナが狙われたの?」
「……私の家――カルトール家はこの国の貴族の家柄の一つなの」
「貴族だから狙われるの?」
「それだけで狙われるってことにはならないけれど……私にはあるわ。私は――《王位継承権》を持っているの」
「王位?」
アルナの言葉に、シエラは首をかしげて問いかける。
アルナは頷いて、言葉を続けた。
「王を継ぐ者――この国では本来、王の子に王位継承権が与えられるわ。けれど、現王には子はいない――その場合、五家の貴族に王位継承権が与えられるの。その一つが、私の家であるカルトール家よ」
「よく分からないけど、アルナも王様になれるってこと?」
「そういう認識で構わないわ。実際にその話が私にも届いたのは、ほんの数日前――丁度、シエラさんに初めて会った日のことね。いつかはそういう日が来るとは思っていたけれど、本当にこうやって命を狙われることになると、ね」
「どうしてアルナが狙われるの?」
「簡単なことよ。争う相手が少なければ、それだけ王になれる可能性が高くなるもの。表向きには人々によって選ばれた王ということになるのだけれど、こうして王位を争うことになれば話は別」
つまり、アルナが狙われるようになったのはごく最近――実際に王位継承権が与えられたからということになる。
現王に子はいない以上、次代の王は予め決めておくということだろうか。
だが、そこでアルナが狙われるというのなら、貴族としても有名な家柄であるカルトール家が全面的にアルナを守るように動いていてもおかしくはない。
現実的には数日前にたまたま出会ったシエラしか、アルナの傍にはいなかった。
「アルナを守ってくれる人は、いないの?」
「そう、ね。私は王位継承権を与えられているけれど――それも偽物のようなものよ」
「偽物?」
「そう……私には弟がいてね。カルトールの家を継ぐのは弟で、実際に王位を継承するのも弟になるわ。カルトールの家は弟を守ることに全てを注いでいるの。私は、他の動向を探るために用意された影武者……というところかしら」
俯き加減でそう言うアルナ。
――アルナは王位継承権を持っているが、実際に王を継ぐ者はアルナの弟になるという。
貴族の話はシエラにとっては難しく、理解するのには時間がかかった。
だが、言いたいことは理解できる。
カルトールの家は、アルナを守るつもりなどない。
けれど、アルナには狙われる理由があるということだ。
「だから、私が強くならないといけなかったのよ。私が生きている限りは、継承権は私にある。そうすれば、弟は安全だもの」
「アルナは弟を守りたいの?」
「肉親だもの。当然のことよ。シエラさんに魔法を教えてほしいって言ったのもそれが理由。これが私の強くなりたい理由と狙われる理由ね」
「そっか」
「それじゃあ、次は私の番ね」
一通り話し終えたアルナがそう言うと、シエラの方を真っ直ぐ見た。
その表情は真剣で、シエラもアルナの方を見返す。
「シエラさん……貴方の本名は、シエラ・ワーカーっていうことでいいのよね?」
「うん、そうだよ」
これはすでに、シエラが依頼を受ける時に伝えたことだ。
――シエラ・ワーカー、傭兵のエインズ・ワーカーの娘だよ。
そう伝えた時のアルナは、目を見開いて驚いていた。
「エインズ・ワーカーと言えば、戦場においては敵なしと言えるほどの強さを持った傭兵だと聞くけれど……まさか娘がいたなんて」
「父さんは拾ったって言ってたけどね」
「拾ったって……。それで、シエラさんも傭兵を?」
「うん、仕事はいっぱいしたよ」
「……そう、なのね。でも、それって話してもよかったことなのかしら?」
「うーん、本当はダメなのかもしれないけど、アルナならいいかな」
「またアバウトなのね」
具体的に説明したわけではないが、アルナはすでにシエラの一端を知っている。
七人の暗殺者を、シエラは単独で撃破したのだ。
それがすでに、常人から逸脱した存在であるということを示している。
それだけ聞くと、アルナはしばらく黙っていた。
だが、意を決したようにアルナが口を開く。
「私と一緒にいたら、貴方も狙われるかもしれない」
「うん、別にいいよ」
「それでも――え?」
「うん、いいよ?」
「あ、えっと……」
何か言おうとしていたのに、出鼻をくじかれてしまったというようにアルナが動揺する。
シエラは特に迷うこともなく言う。
「友達は大切にってノートにも書いてあったから」
「ノートって……本当に、いいの?」
「わたしは、アルナと一緒にいたいから」
「……ありがとう、シエラさん」
そう言ったアルナの表情は嬉しそう――ではなく、どこか悲しそうだった。
互いの秘密を知っても、それでも二人は一緒にいることにしたのだ。





