20.シエラ、対峙する
「シ、シエラさん……?」
まだ状況が理解できていないアルナは、突然の出来事に驚いているようだった。
一方、シエラは広場に来た時点から気付いている。
狙われている――それも、シエラではなくアルナを狙ったものだ。
(この《針》はアルナを狙ったもの。どうしてかな)
違う方向から飛んできた針を、シエラは簡単に止めた。
指に挟んだものと、手に持ったアイスで受け止めたもの。
細い針には液体が塗られており、シエラはすぐにそれが毒だと理解する。
(六……七人かな)
その場でこちらを狙う気配の数を把握する。
確実にこちらを殺そうという意思のある気配――殺気をシエラは感じていた。
シエラはすぐに行動にうつる。
その場でアイスは投げ捨てて、アルナの身体に触れる。
「アルナ、掴まって」
「ちょ、いきなり――きゃ!?」
シエラはアルナの答えを待たずに抱えあげる。
身長だけで言えばアルナの方が高いが、シエラは軽々と持ち上げた。
その場で地面を蹴って加速する。
あっという間に広場から抜け、風のように去っていったシエラとアルナを、広場にいた人々はぽかんとした様子で見送る。
「シ、シエラさんっ!? ど、どういうことなの、これ!?」
「アルナ、落ち着いて」
「落ち着いていられないでしょう!」
そもそもアルナを持ち上げて運べることにも驚いているようだが、その動きも人間離れしている。
ただ走るのではなく、跳躍後に出店の屋根を利用して再び跳び、屋根を伝って移動する――かと思えば、人通りのすくない細い道に入ると障害物を物ともしない動きで加速していく。
そんなシエラの人間離れした動きについて説明する手間を省くために、アルナに事実を告げる。
「狙われてる」
「っ!?」
その一言だけで伝わったのか、アルナは驚きの表情を浮かべながらも、状況を理解したようだった。
それはすなわち、アルナにも狙われる理由が分かっているということなのかもしれない。
(追ってきてる気配は三人……他の四人は回り込む気かな)
それに気付くのが早いか、シエラは少し開けた道までやってくると足を止める。
アルナを地面に下ろした。
「ど、どうするつもり?」
「戦うよ。アルナはここから動かないで」
「な……あ、危ないからダメよ! 今のシエラさんの動きだったら――」
「追い付いてきてるから言ってる。それに、追ってくる相手は対処しないとずっと追ってくるって父さんも言ってた。《暗殺者》はそういう奴らなんだって」
「……っ! シエラさん、貴方一体……?」
驚くアルナを尻目に、シエラは行動を開始する。
だが、その前にやらなければならないことがあった。
「アルナ……お願い、聞いてほしい」
そう、シエラは切り出したのだった。
***
「《毒針》でやれんとはな」
ローブに身を包んだ男がそう呟いた。
同じ服装をした者が他に二人――身軽な動きで逃げた《標的》を追う。
「シエラ・アルクニス……情報によると、学生でありながら魔導師であるホウス・マグニスを倒した、と」
「そもそもホウスってやつ知らねー」
「今回の依頼主の片割れだよ。女学生二人に七人も編成するなんてどういうつもりなんだろうね?」
「分かっているだろう。アルナ・カルトール――カルトール家のご息女が一番の標的だ」
そう、暗殺者達の狙いはシエラではなくアルナの方――だからこそ、毒針で始めに狙ったのもアルナだった。
だが、それは失敗に終わる。
「指先で毒針を、それも四方からのものでも止めるような奴だ。気を抜くな」
「確かに学生にしちゃあちとおかしいレベルかもしれないけどさー、逃げるってことはたいした強さじゃないってことでしょうよ」
「どうだろうね。あの身のこなしは普通ではないよ」
「どっちだっていいさー。そもそも暗殺者が標的を一撃でやれなかった――そこが一番腹立つところでよ。死んどけって話」
「油断するなと――! 止まれ」
暗殺者達が動きを止める。
三人の他、逃げる方向へと待ち伏せるように移動しているのは四人だ。
だが、標的の二人は逃げる途中で動きを止めた。
必要以上に近づくようなことはしない――標的に位置がばれるような距離には近づかず、確実に仕留める機会を窺う。
立ち止まって、何やら話している様子が見えた。
「……二手に別れて逃げるつもりか? だとしたら好都合だな」
「じゃあオレはあの銀髪の方を殺るぜ、中々に強そうだからよー」
「僕達の本分を見失ってはいけないよ」
「その通りだ。全員で、確実に標的を――!?」
暗殺者の男が、驚きに目を見開く。
離れたところの物陰から様子を窺っていたというのに、銀髪の少女――シエラの目が合ったのだ。
「馬鹿な……! この距離で、捕捉されているだと……?」
「どうしたよ」
「標的がこちらの位置に気付いている可能性がある。場所を変えるぞ」
「それではこちらが見失う可能性があるんじゃないかな?」
「そうだぜ。それにアホらしいこと言うなよ。オレらレベルでも、この距離からなら気配は分かっても隠れている奴がどこにいるかなんて――って、銀髪の奴がいねえ……?」
「見つけた」
わずか数秒――暗殺者達が次の行動について話していた時だった。
その場にふわりと降り立ったのは、《赤い剣》を持つ少女。
標的として、暗殺者達が追いかけていたはずのシエラだった。
すぐさま三人は戦闘態勢に入る。
本来ならば暗殺者である彼らは標的と戦うことを目的としていない。
ただ、殺すということに特化している。
それでも、十全に鍛えてきたと言える暗殺者集団の男の一人は――
「は……?」
武器を抜こうとした方の腕が、すでになくなっていた。
「な、オ、オレの腕――」
さらに乾いた音が周囲に響く。
暗殺者達が行動を始める前に、シエラが一人の暗殺者を葬り去った。
残された二人の暗殺者はすぐさま距離を取る。
シエラの持つ赤い剣から、鮮血が滴り落ちた。
「父さんは極力殺すなって言ってたけど……これは仕事だから――わたしはあなた達を殺すよ」
起伏のない声で、シエラがそう言い放ったのだった。





