18.シエラ、交渉に出る
――翌日以降、シエラはアルナと一緒に行動していた。
移動教室の前に準備をしていると、クラスメートがシエラの下へとやってくる。
「シエラさん、入学してすぐにカルトール様と話せるなんてすごいね」
「カルトール……?」
「アルナ・カルトール様! 貴族のお嬢様だって。知らなかった?」
「そうなんだ」
名前は覚えているが、相変わらず姓についての覚えが悪い。
――というより、あまり覚える気もないし興味もなかった。
シエラにとっては生まれが平民だとか貴族だとか、気にするようなことでもない。
しかし、シエラも納得した。
この学園でも、立ち振舞いがどこか他の生徒と違う者達がいる――その人達が貴族なのだろう、と。
「正直気後れしちゃうよね」
「うん、同じクラスになってもほとんど話したことないし」
「アルナは良い人だよ」
そんな風に話すクラスメート達に対して、シエラは素直にそう答えた。
怪我をしたシエラを保健室まで連れて行って、怪我をしているからと髪も洗ってくれる。
「少し口うるさいけど」
「え?」
ポロリとこぼした言葉はクラスメートには聞こえていなかったようで、シエラはそのままアルナの下へと向かう。
「アルナ、次は魔法の授業だよ」
「知っているわ。……言っておくけれど、まだ無理をしてはダメよ?」
「ダメなの?」
「聞かなくても分かるでしょう。まだ治っていないのだから」
半ばシエラの動向はアルナに監視されつつもあった。
魔法の授業では特に、シエラは目立つ存在だ。
他のクラスメートの多くが初級の魔法を扱い、授業で習うのも初級レベルの魔法なのだが、シエラが講師であるホウスを倒したという噂は広まっている。
シエラは授業中、そつなく言われた魔法を発動する。
ただ――他の生徒達に比べるとその威力は比にはならない。
「《ファイア・ブロウ》」
シエラが魔法を発動した。
四つの方陣術式から構成される火の下級魔法――炎が拳のように形作られる。
多くのクラスメートはまだ拳を上手く形作ることもできていなかったが、シエラが作り出したものはサイズも大きく、その上コントロールも自在。
《魔法学》と《魔物学》に関しては、講師も含めてもシエラの右に出る者はいない。
シエラ自身はそれでも加減しているくらいだった。
それでも他のクラスメートから実力が違いすぎると距離を置かれなかったのは――シエラがその二つにのみ特化しているからだ。
魔導学園というくらいだから、魔法に特化しているシエラはとても優秀だと言える。
ただ、それ以外はあまりに壊滅的だったために、結果としてシエラは得意な部分と不得意な部分を平均して見られていた。
さらに、シエラ自身の性格が大人しい雰囲気を醸し出しているのが幸いした。
実際、シエラはあまり口数の多い方ではない。
「シエラさん、魔法と魔物に関してはすごいよねー」
「だよね。他のことはちょっとあれだけど……」
クラスメートに「あれ」と言われてしまうくらいだ。
それが聞こえていても、シエラは別に気にしない。
魔法という面で言えば、アルナもまたクラスでは優秀な生徒のようだった。
「《ファイア・ブロウ》」
アルナが先ほどシエラの放った魔法と同じものを使う。
シエラに比べると勢いは見劣りするが、綺麗に整えられているのがよく分かる。
「カルトール様もさすがよね」
「貴族はやっぱり子供の頃から英才教育とかしてるんだろうなぁ」
――シエラと違って、そんなクラスメートの会話を気にしているようにも見えるアルナ。
魔法の授業では、主に魔法を上手く扱える者が授業中にそれを披露する機会が与えられる。
大体は、シエラとアルナにもう数人といったところだった。
「アルナの魔法は綺麗だね」
「そうかしら。でも、私は綺麗よりも貴方の使うような力強い魔法の方が好きよ。コントロールにしたってそう」
「わたしは慣れてるから」
「……そう言えたら、私も良かったわね」
「アルナは魔法が上手くなりたいの?」
「それは――魔導学園に通うのなら当然でしょう? 高みは目指して然るべき、よ」
「わたしも目指した方がいい?」
「好きにすればいいじゃないの」
どこか棘のある言い方だったが、アルナがすぐハッとした表情をして、
「……ごめんなさい。少し言い方が悪かったわ」
「ううん、気にしないよ」
シエラはそう答える。
アルナはばつが悪そうな表情をして、シエラに問いかけた。
「あの……シエラさん」
「なに?」
「もし、私が魔法を教えてほしいって言ったら――教えてくれる?」
「魔法を?」
「……ええ」
「わたしそういうの苦手だけど」
「何となくそんな感じは分かっているのだけれど……ダメだったらダメって断ってくれて構わないわ」
そう言いながら視線を逸らすアルナ。
その表情はどこか気まずそうだった。
アルナがシエラと話すとき、時折そういう表情を見せることがある。
シエラも気になってはいるが、聞いたところではぐらかされるだろう。
魔法を教えることについては――シエラからすると特に断る理由もない。
「別にわたしでいいならいいよ」
「! 本当に?」
「うん。けど、こういう時は何か対価を求めた方がいいって父さんが言ってた」
「……それ、私に直接言うこと?」
苦笑いを浮かべながらアルナが問いかける。
シエラは少し悩んでから、初日から保留になっていたことを口にした。
「じゃあ、今日遊びに行こう」
「……貴方、それ毎日言っているじゃない」
元々、怪我が原因で毎日保留にしていることを、シエラは条件として出したのだった。





