17.シエラ、アルナと話す
身体も洗い終えたシエラとアルナは二人――浴槽にいた。
基本的に熱い湯に入る機会の少ないシエラも表情には乏しいが、顔は少し赤くなっていた。
アルナによって長い髪は綺麗にまとめられている。
今は、アルナがシエラに学園に来る前のことを聞いていた。
「それじゃあ、シエラさんは王都にも来たことがあったのね」
「うん、たまに。来たのは久々だけど」
「その前は別の大陸にいたの?」
「少し前は。ここの大陸だったよ」
「そうなのね」
傭兵として色々なところに行った経験はあるが、あくまで父の仕事で付き添ったという話にしている。
仕事についてはそう言うように、とエインズに言われているからだ。
そのことについてはシエラも理解はある。
傭兵を引退するというエインズに合わせて、シエラも傭兵であったことは隠すことになっているのだ。
「……いいわね、冒険っていうのも」
シエラの話を聞いてか、アルナはそんなことを口にする。
シエラは首をかしげて問いかける。
「いいのかな?」
「シエラさんは慣れているから、ここでの生活の方が新鮮なのかもしれないわね」
「それはそうかも」
シエラも納得する。
冒険――もとい、エインズとの生活は色々なところを巡るが、逆に言えば一カ所に留まることは珍しかった。
「アルナは冒険しないの?」
「もちろん、してみたいっていう気持ちはあるけれど――そんな簡単な話ではないわね」
「どうして?」
「どうしても、よ。一人で色んなところを回ったりするのは憧れるけれど、きっと大変だもの」
アルナの言うことはシエラにも分かる。
シエラもほとんど他人と関わってきたことはないが、いつも近くにはエインズがいた。
――今は、一人でここにいる。
「シエラさんは、一人で来て寂しくはないの?」
「……別に。父さんはいなくても平気だよ」
口ではそう言うシエラだが、もちろん寂しいという気持ちはある。
ただ、気持ちがあっても、シエラにはそれがよく分からない。
ずっと一緒に暮らしてきたエインズと別れ、一人でここまでやってきた――いつかはまた一緒に暮らせるのだろうか、そう考えることもある。
そんなシエラの髪に、アルナが優しく触れる。
「……アルナ?」
「本当は頭撫でてあげたいのだけれど、怪我しているから。寂しい時は寂しいって言ってもいいのよ」
「別に寂しくない」
アルナの言葉にそう反論するシエラ。
口元まで湯に浸かって、ぶくぶくと泡を立て始める。
素直な性格をしているようで、シエラは自身の弱みに繋がるようなことは決して表に出そうとしなかった。
そんなシエラを見て、アルナは小さくため息をつく。
「ほら、髪が解けるから」
アルナの言葉に従ってシエラは元の姿勢に戻る。
細かいところまで気にするところは、シエラから見てアルナがエインズ以上に父親らしく感じられた。
シエラにとっての父というのはエインズしかいないのだから、比べる対象は一人しかいないのだが。
そんなアルナを見ると――何故か複雑な表情をしていた。
「どうしたの?」
「……え?」
「難しそうな顔してる」
「っ、そんなこと、ないわ」
「昨日会った時から思ってたけど……何か悩み事でもあるの?」
シエラがそう聞いてきたことが意外だったのか、アルナは驚いた表情をする。
人との付き合いの経験は少ないシエラだが――それはあくまでコミュニケーションというところにある。
人が何を思っているか、どう動くかといったことに関しては、戦場で培われた感覚がある。
それがまさか人付き合いで生かされることになるとは、シエラも思っていなかっただろう。
「失礼なこと言うようだけれど……シエラさんはもっと鈍感だと思っていたわ」
「鈍感?」
「ふふっ、そういうところよ。別に、悩んでなんていないわ」
いたずらっぽい笑みを浮かべてそう答えるアルナ。
シエラの「寂しくない」と断言したことに対する意趣返しのようなものだった。
ただ、思いついたようにアルナは言葉を続ける。
「……しいて言うなら、怪我をしても遊びに行こうっていう子には少し悩んでいるかも」
「そうなんだ」
「貴方のことよ」
そんなことを言うのはシエラしかいない。
シエラはシエラで、この程度の怪我ならば問題ないと考えている。
「わたしは――っ!」
「シエラさん?」
不意に、シエラは話すのをやめて立ち上がる。
大浴場の出口の方を静かに見つめた。
怪訝そうな表情でアルナもそちらを見る。
特に変わった様子はなく――
「シエラさん、何か変なものでも見えているとか言わないでしょうね……?」
「ううん、ちょっと気になっただけ」
「気になったって……こ、怖い話ではないわよね?」
「……? アルナは幽霊苦手なの?」
「ちょ、幽霊とか言わないでよ!」
シエラから勢いよく距離を取るアルナ。
アルナは苦手なことが分かりやすかった。
戦場ではそういう要素は命取りに繋がるが――
(うん、だって……ここは違うよね)
大浴場の外から――殺気に似たものを感じたシエラは立ち上がったのだが、すでにその気配はない。
人の気配も、近くにいるのはアルナだけだった。
(……気のせいかな?)
「……そろそろ出ましょうか。風邪引かないように、しっかり髪も身体も拭くのよ?」
「幽霊怖いの?」
「そうじゃなくて! 拭かずに行こうとする子がいるかもしれないから」
「……分かった」
先を予測されるような言葉に、少しだけむっとした表情でシエラは答えるのだった。





