16.シエラ、髪を洗ってもらう
「脱いだ物はきちんと畳んで、ここに置くの」
「分かった」
脱衣場の時点で、颯爽と制服を脱ぎ捨てたシエラがそのまま浴場に入ろうとしたので、アルナによって服の畳み方から教わっていた。
普段から水浴びするときも適当に脱ぎ捨てるシエラだったが、教えてもらえば一応はやる。
始めに「えー」と抗議するような声を漏らしてはいたが。
大浴場というだけあって、寮で暮らす者が一度に入れるスペースが用意されている。
一つの寮につき数十人単位で暮らしているのだから、それくらいの規模にはなる。
時間はすでに遅くなっていたためか、他の寮生の姿はなかった。
前面をタオルで隠すアルナに対して、シエラは特に隠す様子もなく仁王立ちしている。
「一応、同性とはいえ少しは隠した方が……」
「なんで?」
「……いえ、いいわ。さ、洗ってあげるから座って」
シエラは促されるままに座る。
風呂場の仕組みにも、魔法が使われている。
魔力を噴出する魔石や、水を汲み上げたり温めたりする《方陣術式》が組み込まれている。
魔導学園というだけあって、風呂の温度を下げないようにする効果まで仕組まれていた。
(色々とあるんだ)
魔法の仕組みについて興味を持つシエラだったが、アルナに湯をかけられて視界がぼやける。
「保健室の先生がお風呂は入ってもいいって言ってたけど、しみたりしない?」
「普通かな」
「また判断に困る回答ね……」
実際、それほど痛いわけでもなければ、痛くても問題ないと思っていた。
「痛かったら言ってね?」
「大丈夫だよ」
そう答えてシエラが頷くと、アルナがシエラの髪を洗い始めた。
長く美しい銀色の髪は、水に濡れるとより輝きが増して見える。
アルナも思わず息を呑んだ。
「初めて会った時から思っていたけれど、シエラさん。とても綺麗な髪よね」
「そう?」
「そうよ。しっかり手入れした方がいいわ」
「わたしの髪は目立つから、普段は隠してた方がいいって父さんに言われたよ」
「まあ、確かに目立つ色ではあるわね。まったく見ないでしょうし」
エインズの言う『隠せ』というのは、エインズやシエラの持つ『赤い剣』以上に目立つ物になるからだ。
実際、エインズはその顔まで知られてしまっているが、仕事の手伝いが中心であまり人と関わってこなかったシエラは有名とは言いがたい。
――戦場に『赤い剣』が二本あれば、そこには近づくな、というような噂話は広まっているが。
シエラは無言のまま、アルナによって髪を洗われていたが、時折そわそわと動き始める。
じっとしていられない子供のようだった。
「どうかしたの?」
「後ろにいられるの、落ち着かないから」
そもそも、少しの時間でも他人に髪を触られた経験のないシエラは、洗ってもらっているとはいえ後ろからやられるというのも落ち着かなかった。
それを聞いたアルナは、
「じゃあ前からにしましょうか」
そう言ってシエラの前に移動する。
「これならどう?」
「うん、こっちの方が落ち着く」
正面から向き合って、というのはアルナの方がむしろ恥ずかしいくらいだったが、シエラはまったく気にしていない。
先ほどと違ってそわそわと動くことなく、シエラの髪を優しく洗っていく。
そして髪を洗い終えると、
「じゃあ、お風呂入ろう――」
「まだ身体を洗っていないでしょう!」
「そうだっけ?」
「どういう惚け方なの!? まったく……」
そう言いながら、アルナが今度は自分の髪を洗おうとし始める。
その横で、シエラはじっと待機していた。
「……その、見られてると落ち着かないのだけれど」
「身体も洗ってくれるかと思って」
「そ、そこは自分で洗えるでしょう!?」
「髪は洗ってくれたのに?」
「頭を怪我していたからよっ! 何でも頼ろうと……」
アルナが言いかけたところで、言葉を詰まらせる。
だが、少しの時間を置いて続けた。
「……何でも頼ろうとしないで、できることはしないとダメよ」
「そういうことなら、分かった」
当たり前のごとくにそう言われ、シエラも渋々頷く。
シエラはアルナの隣で身体を洗い始めるのだった。
おじさん回という懸念を見かけましたが、真っ当に風呂回です(どっちか悩んでもいましたが)。





