15.シエラ、目撃する
夜――シエラは一人部屋にいた。
初日から怪我をするという出来事もあったが、シエラにも初めて友達ができた。
エインズからもらった『凡人ノート』をめくる。
『基本その五、友人ができたら大切にすること』
色々と書いてある凡人ノートだが、シエラにはその意図がよく分かっていない。
ただ、こんなことまで書いてあった。
「大切にするって、どうするんだろう?」
シエラは考える。
エインズは――シエラのことを大切な娘だと言っていた。
そういう話をされたのも、ごく最近のことではあるが。
パタリとノートを閉じて、シエラは窓の外を見る。
自然豊かな学園の敷地内はシエラにとっても生活しやすい場所だ。
「……休みの日もあるっていうし、時間があるとき見てみようかな」
学園内に何があるか、というのも見ておきたかった。
普段のシエラなら、寝る場所付近はエインズと共に安全確保に走る。
けれど、ここは魔物に狙われるわけでも、人間に狙われるわけでもない。
「……それはそれで、落ち着かないかも」
趣味と言えば戦うこと――そう言えてしまうシエラは、防戦を強いられたとはいえ怪我をさせられたことに対して、少し高揚した。
父以外から何かを学ぶことは初めての経験だったからだ。
アルナ曰く、喜ぶことではないとのことだったが。
「……そうだ、剣の練習しないと」
それはシエラの日課のようなものだった。
前までは、父と日々鍛練に励んでいたが――今は一人だ。
それに、エインズの残した凡人ノートの始めに刻まれている『本気を出さないこと』への制限もある。
どうしてそんなことを書いたのか、不思議にしか思えなかったが、書いてあることには従うつもりだった。
「手加減しての練習……難しいかも」
そんなことを呟きながら、シエラは屋上へと向かう。
そこには、先客がいた。
「……アルナ?」
シエラの言葉は、アルナには届いていない。
月明かりの中、アルナが意識を集中させていた。
「ふうぅ……」
深く吐き出すような呼吸と共に、アルナの手元に魔力が集まっていく。
《魔方陣》の内容を見て、シエラは何となく察した。
(《装魔術》……?)
アルナが使おうとしているのは――シエラと同じ装魔術だった。
魔力を塊のように集中させ、それを具現化する魔法。
常に維持し続けるには高い集中力が必要となる。
アルナは具現化させる時点でも呼吸が荒くなっていた。
「はあ……ふぅ……」
(……あれは、失敗する)
シエラがそう心の中で呟くと、アルナの手元の魔力が霧散していく。
長く練習を続けていたのか、アルナの集中力は切れているように見えた。
「……こんなのじゃダメなのに……」
「何してるの?」
「っ! シエラさん……いたのね」
「うん」
シエラはアルナの方へと向かう。
シエラの前では、アルナは平静を装っていた。
「貴方、屋上が好きなのかしら?」
「普通だけど、ここは気持ちいいから。アルナは魔法の練習?」
「まあ、そんなところかしら」
少しはぐらかすような言い方をするアルナに、シエラは言う。
「わたしも練習しようとしてた」
「! シエラさんも?」
「うん、アルナも一緒に――」
「貴方、今日は安静にって言われたわよね?」
練習をしよう、と言うつもりだったが、シエラの言葉を遮るようにアルナが言う。
「そうだっけ?」
「惚けないの! 部屋で休んでいないとダメでしょう」
またしても怒られるシエラ。
スッと視線をそらしながら、
「もう平気だよ」
「自己判断もダメよ。私と部屋に戻ること、いいわね?」
……何を言ったところで、アルナの考えが変わることはなかった。
思わず、シエラは呟く。
「……アルナ、父さんより父さんみたい」
「せめて母さんと言ってくれないかしら……」
「母さんはよく知らないから」
「! そう……それなら、別に父さんでもいいわ」
シエラの言葉にそう答えると、アルナはシエラの手を握って屋上から連れ出す。
「貴方、怪我はしているけれどお風呂はどうするの?」
「……お風呂?」
そんなものがあったのか、という反応をシエラは見せる。
じと目でアルナがシエラを見る。
「その反応だと……昨日も入ってないわね?」
「……怪我してるから」
「昨日はしてないでしょう! まったく……洗ってあげるから、大浴場に行くわよ」
半ば強引に、シエラはアルナに連れられて浴場の方へと向かうことになったのだった。





