14.シエラ、弱点を学ぶ
「……で、友達って具体的に何をすればいいの?」
「ぐ、具体的に?」
「うん」
校医が戻った後、二人は教室に戻っていいと言われて戻る途中だった。
授業はすでに中止となっているらしい。
そんな教室に戻る途中の廊下で、シエラは問いかけたのだ。
「そう言われても……」
困った表情を浮かべるアルナ。
どう答えたものか、と悩んでいるようだった。
「難しいの?」
「別に、難しいことではないと思う、わ」
「アルナは友達と何してるの?」
「うっ……」
シエラがそこまで訪ねると、アルナが何故か呻き声をあげる。
ばつが悪そうに視線を反らす。
そんなアルナに対しても、シエラは問答無用で言い放つ。
「アルナも友達いなかったの?」
「そ、そんなことないわっ! 今はちょっと、色々とあって……友人関係とか考えて来なかっただけよ」
「色々って?」
「色々は色々と、よ」
アルナの言葉に、シエラは一先ず納得する。
それぞれ事情があるのだろう。
(父さんもよく隠してたし)
エインズも、困ったことがあるとそうやってはぐらかしていた。
そういう時は問いかけても答えは返ってこないものだ。
「友達っていうのは、具体的に何かするってわけでもないと思うわ」
「そうなの?」
「ええ、貴方は何かしたいことないの?」
「したいこと……」
シエラは考えて、答える。
「友達がほしかったとは思ってたけど、できてからは考えてないよ?」
「そ、そう」
「でも、父さんは友達と楽しそうにしてたから、わたしもそういうことしたい」
「……そういうこと。具体的にやりたいことがないのなら、町に遊びに出てみるとかではないかしら」
「じゃあ遊びにいこう」
ぐいっとシエラがアルナの手を引く。
慌ててアルナが制止した。
「ちょ、ス、ストップ! まだ授業終わっていないでしょう!」
「そうだっけ?」
「そうよ。それに貴方、今日安静にしていなさいって言われたばかりでしょう?」
シエラはまだ頭部に止血の術式をかけてもらっている状態だ。
魔力によって治癒能力を高めることはできるが――治癒には多少時間がかかる。
シエラはこの程度の傷ならば気にもしない。
「別に気にしないけど」
「私が気にするのよ! そんな焦る必要もないでしょう。まったく、それにしても力も強いわね……止められないかと思ったわ」
「そうなのかな?」
力比べでは確かにあまり負けた記憶はない。
シエラ自身、魔法や剣術での戦いを好み、格闘での戦闘は相手を制圧する目的の方が多い。
だから、強いという感覚はあまりなかった。
そして、特に気にすることでもないと考える。
「早く授業終わらないかな」
「だから、今日は安静にしていなさいって言われたでしょう? 授業終わりでも遊ばないわよ」
「……そうなの?」
しゅんとした表情でシエラがアルナを見る。
「うっ、捨てられた子犬みたいな顔で見るのはやめてっ」
「どんな顔?」
「今の貴方みたいな顔よ。私、そういう情に訴えかけられるのは苦手なの」
「そうなんだ」
苦手なことで攻めるのは戦いの基本中の基本だ、よく覚えておくといい――そんなことを言っていたエインズのことを思い出す。
ただ、シエラにはいまいち自分がどんな表情をしているのか分からない。
とりあえず、訴えかけるようにアルナを見ることにした。
「……」
「……」
「……」
「……ダメなものはダメよ?」
見透かされてしまったのか、結局――授業に戻ったあともアルナの考えは変わらずに、放課後は強制的に寮へと連行されることになった。
***
ホウスは一人、学園から少し離れた酒場にいた。
授業後に学園長であるアウェンダに呼び出され、ホウスは処分の決定まで謹慎を命じられたのだ。
もちろん、ホウスもそのことについては分かっていた。
そうなったとしても、シエラに対する報復をしてやろうと考えていたのだ。
それなのに――頭部に一撃を与えた彼女の表情を見て、ホウスは臆してしまった。
ギリッと、奥歯を噛み締める。
さらに――
「残念です、マグニス先生」
そう、悲しそうな表情でいうアウェンダの顔が浮かんでくる。
思い返すだけでも腹立たしいことばかりだ。
「何が残念、だ。思ってもいねえことを……」
「――あらん、久しぶりに呼び出されたと思えばぁ、一人で飲み過ぎじゃなぁい?」
ホウスの前に現れたのは、妖艶な女性――ではなく、筋肉質な男だった。
ただ、身にまとうのは高価なドレス。
化粧もしっかりとしていて、酒場の中でも目立っていた。
「よう……とりあえず駆け付け一杯飲めや」
「こっちは忙しいのよぉ。《仕事》の依頼がいくつもあって……用件だけ言って頂戴な」
席に着くやいなや、女装をした男――ルシュール・エルロフはそう言い放つ。
ホウスは懐からジャラリと音のなる袋を取り出す。
「なぁに、それ」
「……前金だ。俺も仕事の依頼をしたい」
「もうっ、あなたもなの? 急ぎの用件っていうから来たのに」
「仕事の依頼だ……急ぎの用件だろうが」
「仕方ないわね……話だけは聞いてあげるわ」
ホウスはすぐに、シエラのことを話始めた。
学園に入学したばかりの少女でありながら、《装魔術》を使いこなす少女のことを。
一通り聞き終えたルシュールは大きくため息をつく。
「やだわぁ……何かと思えば女の子にボコボコにされて、それで仕返しにも失敗したからアタシに依頼? とんでもなく小さな男になったのねぇ、あなた」
「うるせえ、受けるか受けないかはっきりしろ」
「――受ける価値もない仕事だと判断するわぁ」
「な、なにぃ……?」
「それはそうでしょ? たかが女の子一人……あなたがやったらいいじゃないの。闇討ちでもなんでも」
「そういうレベルのやつじゃねえから言ってんだ! 成功報酬はもっと積む!」
「……忙しいって言ってるでしょ。仮に受けるにしても後回しよぉ」
そう言って、ガタリと席を立つルシュール。
ホウスは何とか依頼を受けさせようとする。
「そうだ……俺のことを報告した生徒――そいつも含めて六倍払う。ガキ二人にその金額なら破格だろ?」
そう言いながら差し出したのは、もう一人分の情報が記載された紙だ。
「あのねぇ……金額の問題じゃ――」
ルシュールがそう言い切ろうとしたとき、ピタリとその動きを止めた。
ある少女の情報を見て、ルシュールはにやりと笑う。
「……どうした?」
「気が変わったわ、二人分の依頼――八倍で受けてあげる」
「は、八倍……」
「安いものでしょ? たかがでも――女の子二人を殺すのに、それだけのお金でいいのだから」
ルシュールは簡単にそう言い放つ。
ホウスは、そんなルシュールの言葉に頷くのだった。





