13.シエラ、友達ができる
入学初日に怪我をして保健室に運ばれることになったのも、シエラが初めてだろう。
頭部からの出血は激しかったが、止血の術式によって血は止まっている。
「出血は一先ず治まったけど、しばらくは安静にね」
「うん、分かった」
校医の言葉に、こくりと頷くシエラ。
怪我に関して中々に傷は深いが、それでもシエラは平気な顔をしている。
痛みには十分慣れていた。
「私は報告に言ってくるから、ここで待っていてくれる?」
「分かりました」
そう答えたのは、シエラを保健室まで連れてきてくれたアルナだ。
校医がいなくなったあと、アルナが心配そうにシエラの隣に座る。
「痛みはまだある?」
「平気だよ。慣れてるから」
「慣れてるって……そういう問題ではないのよ? でも、命に関わるような怪我ではないらしいから」
それはそうだ、とシエラは納得する。
もっとひどい怪我はいくらでもしたことがある。
シエラは最強の傭兵と名高いエインズに育てられて、その強さに並ぶ実力もある。
だが、人の子であることには変わらない。
痛みも感じるし、剣で斬られれば致命傷にも繋がる。
それでも生きてきたのは、シエラが純粋に強いからだった。
「でも、マグニス先生のことは許せないわ」
「……? どうして?」
「どうしても何も、あんなの絶対細工したに決まっているわ。鉄製のものがあんな簡単にへし折れるはずないもの」
アルナの言うことは間違っていない。
シエラは持った時点で違和感は覚えていた。
だから、特にホウスに対して怒りの感情はない。
むしろ感謝しているくらいだった。
「ホウス……先生は私に壊れた武器での戦い方を教えてくれたんだと思う。それを判断できる技術とか――」
「そんなわけないじゃないの!? 貴方馬鹿なの!?」
ピシャリとそう言い切られ、シエラは黙る。
ただ、少し視線をそらしながら、
「別に……バカじゃないけど」
そう小声で否定した。
アルナはシエラの小さな抗議が聞こえているのかいないのか――小さくため息をつくと、
「……別に、貴方を責めるつもりなんて一切ないわ。でも、マグニス先生の行動は絶対わざとよ。許したらいけないの」
「……そうなの?」
「そうよ。保健室の先生にも報告したからきっと大丈夫だと思うけど……シエラさんに負けた腹いせなのかしら」
「腹いせ?」
「ええ、きっとそうよ」
腹いせ――ということは、シエラに負けたことが悔しかったということになる。
シエラ自身、エインズに負けると悔しい思いをしていたから、その気持ちは理解できる。
けれど、アルナの言うことも理解できた。
わざとなのだとしたら、他人を傷つける行為だ。
(父さんの言ってた『ぼーかん』と一緒、かな)
だとしたら次は殴り飛ばしてもいいのかもしれない――そんな風に考える。
「怪我が傷にならないといいけど……」
「アルナは、わたしの心配をしてくれるの?」
「……当然でしょう? 怪我をした人がいたら、心配するのは当たり前なの」
「そうなんだ」
「貴方は……そういう環境で暮らしてこなかった、ということでいいのかしら?」
――そういう環境、というのはシエラにも何となくだが理解できる。
「怪我とかすると父さんは心配してくれることもあったけど」
「友達とかは?」
「いたことないよ」
「! そうなのね……」
シエラの言葉を聞いて、何故かつらそうな表情をするアルナ。
何か悪いことでも言っただろうか――そう思いながらも、シエラはこれをチャンスだと考えた。
「……アルナはわたしの友達になってくれる?」
「え、友達って……私と?」
「うん」
「……それは、私となるのは、あまりオススメしないというか……」
「ダメなの?」
「うっ……」
シエラがすり寄るように問いかけると、アルナは困ったような表情を浮かべる。
やがて、観念したように大きく息を吐くと、
「ううん。私も、貴方とは仲良くしたいと思ってたから。それに、色々と教えてあげた方がいいみたいだものね」
「! じゃあ、友達になってくれるの?」
「……まあ、一応そういうことかしら」
「うんっ、よろしくね」
シエラは笑顔を浮かべてそう言った。
今度の笑顔はシエラ自身――無意識のうちに嬉しさが表れたものだった。





