128.逃げるなら
シエラには分かる。
ウイは『誘って』いる。よりシエラの本気を引き出して、まるで殺してもらおうとでもしているかのようだ。
違和感があったのはそこだ。シエラと本気で戦いたいのであれば、もっと殺す気でかかってくればいい。
だが、彼女の弱々しい態度は仕草。感情も含めて、シエラはあまり読み取れていない。
卓越した技術によって感情を隠すことができても、シエラならそれを読み取ることができる。
しかし――それができないということは、今の彼女のこれが素なのだ。
「……」
戦いと呼べるものであるか分からないが、こうして攻撃し合っている以上、ウイによる煽りはシエラには十分有効だ。
以前のシエラであれば、すでにここで『赤い剣』を作り出し、始末しているところだろう。
それをしないのは、彼女が本当に敵であるか判断できていないからだ。
ちらりと、シエラは視線を後方へと向ける。
アルナ達がこちらに向かってきているのが分かる。気配はもう一つ――以前、『イゼルの塔』で出会った一人だ。
(確か、メルベルって言ってた)
先ほどウイが言っていた名。その顔もよく思い出せる。
あの場にいた中では、フィリス以上の存在感があった。表立って反応はしなかったものの、彼女は間違いなく実力者である。
相手にそれ相応の実力があれば、シエラはそのことを覚えている。
何故、アルナと一緒にいるのか分からないが。
「あの……余所見しないで、わたしと戦ってもらえますか?」
「あなた、死にたいの?」
「えっ、死にたくはないですけど、戦いならどちらかが死ぬことだってありますよね」
「うん。だから、このまま戦えば――あなたは死ぬ」
はっきりと、言い放つ。
ウイははっきり言えば、シエラから見ても弱い。捜せばどこにでもいる程度の実力者であり、本来ならシエラが相手をするほどでもないのだ。
シエラが判断を決めかねていると、アルナがやってくる。
「シエラ!」
「な、こんなところで戦っているのか……!」
「あら、意外とコンパクトにまとまってんね。ウイ、調子はどうだい?」
アルナとローリィの二人に対し、やってきたメルベルは飄々とした態度で手を振っていた。
ウイはこくりと頷いて、
「は、はい。勝てそうに、ないですっ」
そんな風に答えていた。
「メルベルさん! こんなところで戦わせるなんて、どういうつもりなの!?」
「そう怒んなって。別に、誰かに被害が出たわけじゃないだろ?」
「博物館には迷惑が掛かっています。王位継承を求める者が、そのくらいのことが分からないんですか?」
「ま、それを言われたら反論できないけどね。ウイ、そろそろ終わらせな」
「は、はい。分かりました」
メルベルの言葉に応じて、ウイは再び構える。まだ、戦いを続けるつもりのようだ。
「シエラ! こっちへ来て。ここで戦うのはダメよ!」
だが、アルナの言葉を受けて、シエラは動きを止めた。
シエラはアルナの言葉には従うようにしている。今の言葉で、戦いを中断するには十分だった。だが、
「――ここで逃げるなら、次はアルナさんを襲いますけど、いいですか?」
ウイが言い放ったのはそんな言葉であった。
――挑発なのは当然、理解できている。理解できていても、身体が自然と動いていた。
両手に『デュアル・スカーレット』を作り出し、シエラは瞬時にウイに対して斬りかかる。
当然、彼女が反応できるような速さではなく。
「……っ」
二撃。身体への斬撃。傷は深く、内臓にまで届いている。
与えたのは致命傷だが、シエラが『殺す』と判断した以上、ウイの生命力の高さを考えれば、さらに強烈なトドメが必要だ。
「シエラっ!?」
アルナが驚きの声を上げるが、シエラは止まらない。
アルナを狙った時点で、ウイは明確に『敵』となった。殺意があろうがなかろうが、ここで仕留めるのがシエラのすることだ。
首と心臓にそれぞれ一突き。勢いのままにウイの身体は後方へと飛ばされ、壁へと磔にされる。
「か、ふぅ……」
脱力し、シエラの赤い剣が散ると共に、出血してその場に倒れ伏す――が、その前に、駆け出したメルベルが支えた。
「はい、ここまでだね」
「今の動き、よかった。あなたは強いね」
「ははっ、そりゃどうも。一先ず、あたしの相棒はやられちまったし……今日のところはここでお暇させていただこうかね」
「……あなた、自分の仲間が殺されても何も思わないの?」
「けしかけたのはこの子だからね。負けたなら負けたで仕方ないってことさ」
「あなた――」
「それより、あんたは護衛を、しっかりコントロールできてんのかい?」
「っ」
メルベルがそう言うと、アルナは言葉を詰まらせる。
シエラはアルナの方に視線を向けて、
「アルナ?」
その名を呼んだ。
アルナは小さく息を吐き出すと、真っ直ぐとシエラの方を見て言う。
「シエラ、こっちに。戦いはもう、終わりよ」
「うん、分かった」
アルナを狙う敵は倒した――シエラにとってはそれで満足だ。
たった今、殺した相手のことなどすでに眼中にはなかった。





